デザイン調査にあるバイアスとの向き合い方

シミュレーションとリアリティ

デザイン調査は利用者の理解、そしてプロジェクトの方向性を共有するために欠かすことができません。調査がないデザインプロセスは UX デザインとは呼べないといっても過言ではないほど重要ですが、調査だけで利用者の『現実』を捉えるのは難しい場合があります。

ユーザーインタビューを通して様々な意見を聞き出すことができますし、その場で使い方を見せてもらうこともできるでしょう。しかし多くの場合、利用者の声と意図にはギャップがありますし、会議室という日常とは異なる場で、現場で起こっていることを再現するのは難しいです。ユーザーインタビューだけでなく、ユーザビリティテスト、カードソーティングなど様々な手法はありますが、調査する側によってつくられた状況の中(シミュレーション)で行われることが多いです。調査の多くはシミュレーションであり、現実(リアリティ)とは異なることを理解していないと、調査の仕方や集めるデータにバイアスがかかることがあります。

バイアスと向き合った調査

バイアス(偏り)はデザイン調査をする際、課題として挙がるトピックのひとつです。デザイン調査において、以下のバイアスが多大な影響を及ぼします。

確証バイアス
自分が立てた仮説を過信するあまり、それを立証するためのデータばかり集め、反証するデータを無視してしまう傾向。
アンカリング
最初に引き出したデータなど、ひとつの情報に引きずられてしまう状態。重要視したデータに合わせるように調整してしまうことも。 
自信過剰バイアス
自分が正しいと思い込んでしまって、それが判断に大きな影響を及ぼす状態。自分のアイデアを過保護してしまう傾向があります。

これらのバイアスは調査をする人に対してだけでなく、調査対象の抽出や、被験者からのデータの集め方に影響を及ぼします。例えば、確証バイアスがあると、仮説を立証するのに都合が良い人を選出してしまう可能性があります。また、ユーザーインタビューをする際も、多くの方に影響を及ぼすフィードバックを得ているのにも関わらず、自分たちが正しいと勘違いして優先順位を下げてしまうこともありえます。

こうしたバイアスは人間である以上、避けることはできません。皆、意見や考えをもっていますし、様々な人生経験が物事の捉え方に多大な影響を及ぼします。バイアスを完全になくすことはできませんが、誰にでもあることを認識することはバイアスの軽減に繋がります。チームメンバーで自分たちがもっているであろうバイアスの共有をしたり、調査を通して何を得ようとしているのかを話し合うことで、バイアスを注視した状態で調査を始めることができます。

リアリティと感情移入

調査がシミュレーションになりがちであることから、現場へ足を運ぶフィールドワーク、環境の中に入って観察するエスノグラフィのようなリアリティに限りなく近い状態で調査をする手法も注目されています。こうした手法を用いてもバイアスを意識していなければ観察するポイントを見誤る可能性があるものの、対象者のリアリティを学ぶための有効な手段です。

リアリティに近いデータを取得するための調査を実践するだけでなく、私たち調査をする側、そして調査結果を受け取る側にとってもリアリティを感じなければせっかくの調査が活かされないことになります。調査を通じて得たデータは膨大で複雑であることから、データだけでは「これは解決しなければならない課題だ」と感じることが難しい場合があります。単なるデータではなく、感情移入をしやすくするためのツールが必要になります。

例えば、ペルソナエンパシー・マップジャーニー・マップはデータからリアリティのある人間像を共有するためによく使われる手法です。こうした手法で似顔絵や写真が用いられるのも、利用者との感情的な繋がりを作りやすくするためにあります。膨大なデータを見ただけでは掴みにくかったことも「この人」と呼べるような存在があったほうが分かりやすいですし、チーム内の共通言語として用いることもできます。

まとめ

デザイン調査は、どこまでいっても作られた状況(シミュレーション)になりがちですし、バイアスの落とし穴はいたるところにあります。しかし、だからといって調査に消極的になることはありません。重要なのは、調査におけるシミュレーションとリアリティの溝があることを意識すること。バイアスをゼロにできなくても、軽減するために共有を忘れないことです。

デザイン調査の目的は利用者のリアルを学び、「これはありえることだ」と共感するためにあります。リアリティに近づけるための働きかけは、調査の仕方だけでなく、調査を通して得たデータに人間味をもたせることでも可能です。

Yasuhisa Hasegawa

Yasuhisa Hasegawa

Web やアプリのデザインを専門しているデザイナー。現在は組織でより良いデザインができるようプロセスや仕組の改善に力を入れています。ブログやポッドキャストなどのコンテンツ配信や講師業もしています。