良いWebサイトのなかにある静と動

シンプルな言葉のなかにあるニュアンスの違い

「なぜ、Web サイトが必要なのか?」

とてもシンプルな質問ですが、回答は様々です。
「利用者にとって良いコンテンツや体験を提供したいから」という回答をする人もいるでしょう。しかし、この模範解答のような言葉でさえ、人によってニュアンスが異なります。特に、マーケッター寄りの人と人間中心設計を実践している人では『良い Web サイト』の捉え方が大きく異なります。

マーケッターの視点で Web サイトをデザインするとは、どういうことでしょうか。彼等が考える「良いコンテンツ」は、サービスや製品を購入してもらうための説得材料です。写真、映像、文章、機能リスト・・・、こうした要素は、説得するために必要だと考えています。顧客が Web サイトへ訪れることによって、「買ってみようかな」と思ってもらえるような画面に設計することが重要だと考えられています。

それでは、人間中心設計の視点で Web サイトをデザインすると、どうなるでしょう。彼等が考える「良いコンテンツ」は、サービスや製品を利用することで、どのような感情が生まれるのか、どういった体験が待っているのかを示すことです。マーケッターと同様、写真、映像、文章を必要としますが、製品やサービスに向けたものではなく、利用している人々にスポットライトを当てた要素を「良いコンテンツ」と見なします。人の考えを変えるのではなく、共感させることを重要視しています。

異なる良いWebサイトの姿

Webサイトはマーケティングツールなのか

上記 2 点の違いが、Webサイトデザインの評価の分かれ目になると考えています。 Web サイトがマーケティングツールであれば、企業 / 製品 / サービスを素晴らしく見せているほうが良いでしょう。中身ではなく、イメージを先行した刷り込み式のデザインが、マーケティング寄りの Web サイトです。

恐らく、そうしたサイトのコミュニケーションの仕方に対して異論を唱えているのが、人間中心設計を実践している方でしょう。彼等の仕事は、企業 / 製品 / サービスを素晴らしく見せることではなく、人々のゴールを達成させるために何が必要か考えているからです。彼等にとって、有名人の笑顔と派手な演出は、人々のゴールの達成のためになっていないわけです。

これは、どちらの視点が正しいのか、という議論ではないと思います。ビジネスであれば、いずれも必要とされる存在です。ときには「これは必要ですよ」と、言い切るような強さが必要です。だからといって、利用者の行動や言葉に耳を傾けず、発信者側が一方的に言い放つことが良いわけではありません。

デザイナーの立場であれば、人間中心設計の考え方が気持ち良く感じるはずです。私は人間中心設計的な考え方は、なくてはならないと考えていますし、モノを作る際の基盤になると信じています。しかし、その考え方だけを取り入れれば、普遍的な「良い」に繋がるとは限りません。一点張りを貫くことで、かえって独りよがりな Web サイトになる可能性があると危惧しています。製品やサービスをつかう人々に耳を傾けるのであれば、一緒に作る人々へも同様に耳を傾け、彼等のニュアンスを少しでも理解することも必要だと思います。

マーケティングの視点が『動』であれば、人間中心設計の視点は『静』と捉えることができます。相反する関係ですから、同類と見なすことはできません。しかし双方のバランスが、良い Web サイトの姿を導きだすのではないでしょうか。

Yasuhisa Hasegawa

Yasuhisa Hasegawa

Web やアプリのデザインを専門しているデザイナー。現在は組織でより良いデザインができるようプロセスや仕組の改善に力を入れています。ブログやポッドキャストなどのコンテンツ配信や講師業もしています。