習慣になるまでの UI と操作の変化
タッチしてもらうための第一歩
タッチデバイスへの違和感や不安をもっている方はまだ少なくないと思います。 毎日の生活に登場するタッチデバイスの代表といえば、ATMや電車の切符販売機がありますが、処理速度が遅くスクリーンのオブジェクトを触れている感覚はあまりありません。そのせいか、スクリーンを強く押している方をたまに見かけます。また、タッチインターフェイスだけでなく、触れて押すことができる物理的なボタンが用意されている場合もあります。タッチへの不安を解消するための配慮なのかもしれません。
毎日の生活から比較すると、タッチデバイスでスイスイいろいろな操作が出来るというのは、未知の世界に見えてもおかしくありません。操作の仕方が分かる iPad や Galaxy の CM が TV で流れているとはいえ、「本当にタッチでこんなに動くのか」という不安をもっている方もいるはずです。
UI デザインのひとつのアプローチとして、親しみやすさをつくるという方法があります。特に新しいアイデアや価値を提供しなければならないときに有効で、広く知られているもの、ターゲットにしている人にとって既に知っていることをヒントにデザインする方法です。
例えば、iPad 版のカレンダー(iCal)を見てみましょう。実世界のステーショナリーに似せた UI で、ステーショナリーを使ったことがある方なら、すぐに予測がつく見た目になっています。つまり、ステーショナリーの見た目で親しみやすさを作った上で、どの部分をタッチしたら良いのか理解してもらいやすくなります。メタファーの使い方には注意が必要ですが、分かり難いものを分かりやすく説明する際に、人が既にもっている知識を有効活用するとうまくいく場合があります。
iPad のリアリズム UI に対し、iPhone は Mac OSX と同様、いかにもソフトウェアのような見た目に仕上がっています。Mac OSX や iPhone(スマートフォン)は、今までパソコンに慣れ親しんでいた人をメインターゲットにしていたのに対し、iPad はパソコンをもっていなかった人をターゲットにしています。あえてリアリズムを追求した UI を採用しているのも、新しいユーザー層に親しみをもって欲しいという配慮からなのかもしれません。
直感的なのは習慣化されているから
今はまだまだ目新しいタッチデバイスだからこそ、親しみやすさを設計することは有効なアプローチではあるものの、今後ずっとそうとは言い切れません。目新しいものも、習慣化してしまえば「簡単・直感的」になることがあります。それに合わせるかのようにアプリケーションの UI が次第に変化しているケースもあります。
立体的に見せたカラフルな UI だったのが、次第に平面化され全体的なバランスが重要視されている。
Mac OSX は 1年〜1年半のあいだにアップデートを繰り返していますが、その間に UI は次第に変化しています。立体的なボタン群、リアリズムを追求したアイコンも、次第にピクトグラムのような平面的な見た目に変わり始めています。人が Mac OSX の使い勝手が習慣化されてきたことで、大袈裟な見た目で主張する必要がなくなってきたからなのかもしれません。頻繁にあるアップデートが『Mac 的なお作法』を学ぶサイクルをつくり、一度に学ぶ学習コストを低くしたといえるでしょう。
人は必ずといって良いほど変化に対して拒絶反応を示すにも関わらず、適応能力が非常に高い生き物です。
今はタッチデバイスの操作が難しくても、いつの間にか使いこなすようになるでしょうし、タッチデバイスに対する期待値も次第に高まります。タッチ操作を習慣化した人は増え続けていますし、彼等の中には iPad カレンダーのようなリアリズムを追求した UI は「ギミック」と表現する方もいるでしょう。 Clear のようなジェスチャーで動かすアプリを絶賛している方は、タッチ/ジェスチャー操作を習慣化している方が多い傾向にあります。
以上のことをまとめると、UI デザインには以下のような思考プロセスがあると考えられます。
- 人が習慣としている行動や操作を見つけだす
- 何を習慣化したいのかを定義する
- ターゲットにしている人が理解できるメタファーとは何か
- 対象にしているデバイスの中にある習慣とは何か
- 他のソフトウェアがどのような UI 提案がなされているのか
デバイスが普及し、ソフトウェアの操作が習慣化するためのデザインを提供することで、タッチデバイスへの学習コストも下がるでしょう。タッチデバイスが習慣化されてくると、今よりボタンの数が減る可能性もでてきますし、フラグメンテーション化するジェスチャー操作も一貫性をもつようになるかもしれません。新しい価値や操作感を提供するアプリになればなるほど、先進的ではない親しみやすさを作りだすことが、使いやすさに繋がるでしょう。