AI疲れや不安を感じている方へ
大事なのは、AIという道具を使って効率化することではなく、今の自分にとってちょうど良い付き合い方はどのようなものかを探ることです。
本当にAIですべてが変わったのか
新しいAIモデルの登場や新機能の発表を見て、不安や焦りを感じたことはありませんか?
SNSに流れてくる「週末でアプリを作った」という投稿を見て、自分は遅れているのではないかと不安になったことがあると思います。AIを日常的に使っている人でさえ、この感覚から逃れられません。すでに活用している立場であるにもかかわらず、十分ではないと感じてしまう。この漠然とした焦りの正体は、一体何なのでしょうか。
AIによって効率化が進み、様々なことが変わり始めているように見えますが、現実はもう少し複雑です。 Goldman Sachs の調査によると、AI導入と生産性の間に、経済全体レベルでは有意な関係が見られなかったそうです。コーディングやカスタマーサービスのように効果がみられた領域はあるものの、それでも30%くらいの向上です。

6,000人のCEOを対象としたNBERの調査でも同じ傾向が見えます。大多数がAIの雇用・生産性への影響はほぼないと回答しました。MIT Media Labの報告では、95%の組織で測定可能なリターンが出ていないとされています。
2025年から2026年にかけて「AIによって従業員削減」と発表する海外のテック企業が増えています。 しかし、実際はコロナ禍での オーバーハイヤー や買収に伴う組織再編が背景にあるケースも少なくありません。最近だと、Block のニュースが好例です。記事見出しに「AI」と書かれると、原因がAIであるかのように受け取られ、不安が広がってしまうことがある。
AIに意味や効果がまったくないわけではありません。実際に起きている変化は、静かでゆっくりとしたものです。それにもかかわらず、私たちはなぜ焦った気持ちになるのでしょうか。
不安を作り上げているのは、AIではなくコンテンツ
SNSに流れるAI関連の投稿には、共通の偏りがあります。例えば「これで生産性が10倍になりました」みたいなテクニックやツールは、デモであって実務での光景ではないという点です。「AIでデザインが完成」という投稿の裏には、プロンプトの試行錯誤や人間の手直しがありますが、その過程は共有されません。「AIシアター」 といった表現が示すように、本当に使えているかがではなく、 あたかも本当の業務で支えているかのように見せる演出が多く見られます。
ただし、そうした大げさな表現はSNSのアルゴリズムに好まれるため、タイムラインはAIによる演出で埋め尽くされがちです。見た目は情報提供でも、多くは発信者の立ち位置を示すための発信です。「AIでこれができた」のようなコンテンツは情報共有ではなく、「私はあなたより先にいる」という暗黙の宣言です。受け手がそこから受け取るのは知識ではなく、「遅れている」という感覚が残ります。
最近、SNSでデザイナー同士が「Figmaは必要か不要か」と議論しています。 その議論には「遅れている」という単純な不安だけでなく、もっと複雑な不安感が絡んでいます。
AIの話題で時折「職を失う恐怖」が挙げられますが、実際はアイデンティティを失う恐怖に近いと思います。研究者たちはその状態を「アルゴリズミック・アンクザイエティ (Algorithmic Anxiety)」と呼んでいます。長年かけて磨いたスキルが一夜にして価値を失うという感覚が、自分の失敗ではなく、アルゴリズムの進歩によって起こっているという現象です。 FIgma に関する議論で漠然とした不安を感じるのも、ツールが私たちデザイナーのアイデンティティの一部だからとも考えられます。

従来のFOMO(Fear of Missing Out / 見逃す恐怖)との決定的な違いがあります。World Economic Forum のレポートでは FOBO(Fear of Becoming Obsolete)という言葉が紹介されています、FOBO は、見逃しではなく陳腐化の恐怖です。FOMOが「情報や機会を取りこぼすかもしれない」という焦りであるのに対し、FOBOは「自分という存在が不要になるかもしれない」という不安です。
デザイナーとして、エンジニアとして積み上げてきた「自分は何者か」という感覚に、AIが疑問符をつけ始めています。「このまま同じツールを使っていて良いのか?」「なぜ自分の作り方が本当にダメなのか?」「周りはどんどん生産的にモノを作れているのか?」そんな問いがさらに不安を助長します。周りはどんどん効率的にAI活用しているように見えるのに、なぜか自分は遅くなっているように感じてしまうこともあります。
先述したように、AIはまだ経済全体の生産性を大きく変えていません。しかし、SNSやメディアを見ると、あたかも今すぐ大きな変化が起こるかのように受け取られがちです。成功のハイライトだけが切り取られ、プロセスや失敗を省略し、変革がすでに起きたかのような印象を作り出しています。
この漠然した印象が、私たちのアイデンティティへの不安へ侵食していきます。つまり、焦りのや不安の原因は、AI技術の進歩そのものではなく、「AI技術の進歩についてのコンテンツ」と「自分が何者であるかという不安」の掛け算とも言えます。
自分のペースと関係性を見つけよう
理由が分かっても、不安がすぐに消えるわけではありません。「SNSを見ない」「AIの利用をやめる」といった極端な対処法も効果がないことが多いです。 情報に偏りがあると理解しても、「自分が陳腐化するかもしれない」という不安は自然に消えることはありません。
正直なところ私も明快な答えは持っていませんが、最近は「70%ルール」をつかって気持ちを調整しています。
素晴らしいAI活用事例はすぐに使える優れたワークフローに見えますが、それらを目標にして90〜100%を目指すと、いつまでも到達できないばかりか「なぜ自分はできないのか」と不安が強くなります。AIが生成するものは 70% くらいの完成度を目指し、そこから自分で考え、手を動かして調整するようにしています。実際、この記事のドラフトは AI に書いてもらいましたが、構成や文体は書き換えていますし、伝えたいメッセージは自分で考えて書いています。
他にもいろいろ AI を使ったワークフローを作ってありますが、「どうせ70%だから」という理由で自分の目で確認する癖がついています。 AIだけで完結しないという前提を置くことで、「これで十分か」「これは省いてよいか」「ここからどう展開すべきか」といった判断をする機会が生まれます。 こうした判断は単にプロンプトやルールで作れるものではなく、私たちの感覚や経験によって培われるものです。
大事なのは、AIという道具を使って効率化することではなく、今の自分にとってちょうど良い付き合い方はどのようなものかを探ることです。 最近の『AI疲れ』は、物事の速さだけが問題なのではなく、周囲が大きく変わっているように感じられることが主な原因です。 70%ルールは、そんな周囲との距離の置き方にも適用できます。 周囲との距離を適度に保ち、自分とAIとのちょうど良い関係を探ることに集中することで、不安感はある程度和らぎます。

