誤読は並びから始まる

情報の隣接配置は説得の最短経路になる便利なテクニックですが、不本意な結論を生み出すこともあります。

誤読は並びから始まる

隣接情報が生むバイアス

アプリのランディングページに利用者の声を掲載することがあります。「ワークライフバランスが改善しました」というメッセージが並んでいると、多くの人は「このアプリでワークライフバランスが改善されるに違いない」と感じるでしょう。カレンダーアプリなので予定の管理が主要機能なのにも関わらず、ランディングページを訪れたユーザーは「カレンダー → ワークライフバランス」という因果関係を頭の中に思い浮かべてしまいます。

カレンダーアプリは、ワークライフバランスを変えるアプリとして売り込んでいるわけではありません。しかし、近接性による因果の錯覚が生じることがあります。私たちがレイアウトで隣り合わせに配置した要素を、ユーザーは無意識に因果関係があると解釈してしまうことがあります。

近接の原理」とは、要素を近くに配置すると関連があるように見え、離すと無関係に見えるという視覚デザインの基本原理です。これは情報を分かりやすく伝える重要なテクニックですが、バイアスを作り出す場合もあります。

社会心理学の領域では、近接性に基づく認知バイアス(隣接性バイアス(proximity bias))が知られており、近いものへの過剰な好意や関連付けが起こす現象があります。情報が隣接しているだけで、誤った結びつきを生むリスクがあります。先述した「カレンダー → ワークライフバランス」という因果関係も隣接性バイアスによるものです。

似たようなパターンを、Harvard Business Review の記事で見つけました。ハンブルク市の住宅危機対応でAIプラットフォーム「CityScope」が迅速な意思決定を実現したと紹介されています。

How AI Can Help Tackle Collective Decision-Making
When a big decision must be made by multiple constituencies with different goals, it can often fall victim to challenges from drawn-out processes to data overload. But AI is helping. One field—city planning—is already applying its ability to analyze vast troves of data, understand group preferences, and so on to collective decision-making. Specifically, officials in Hamburg, Germany partnered with MIT Media Lab’s CityScope tool to better work with residents and other stakeholders when addressing a housing crisis. The tool’s success in Hamburg demonstrates ways to use AI for better insights, predictions, deep scenario planning, and consensus-building.

「AIで複数人の意思決定をもっとスムーズに」「AIによる合意形成のサポート」「AIが議論の長期化や情報過多に課題を解決」といった表現がところどころにあると、AIが意思決定のスピードアップをしたと解釈した読者もいると思います。データの視覚化やARの活用が画像で紹介されているので、そのイメージが余計強まります。

きちんと記事を読むと、AIプラットフォーム以外の要因が、実際のスピード向上において重要であることがわかります。AIの役割はデータ統合と可視化に役立ったのは間違いないですが、承認プロセスの高速化は、政治的・手続き的変更によるものです。

  • 通常の官僚手続きを迂回した特別プロセス
  • 8万家族対象という明確な制約設定
  • 5,000人参加の構造化ワークショップ
  • 際限のない都市計画議論から具体的問題への焦点化

記事の最後には「実際の行動に移せるかどうかは、ツールではなくリーダーシップ次第」と書かれています。つまり、AIが意思決定を速めることを伝えたいわけではないことが明らかです。しかし、記事のタイトルと冒頭でAIを主語にし、成果と並べて配置しています。プロセス設計の要素は文中に埋め込まれ、重要度が低く見えます。記事構造によって「AIが意思決定を高速化する」という誤解を生んでいるのではないでしょうか。

意図しないナラティブを避けるための問い

私たちは日々、何気なく情報を消費しています。しかし、その情報の構成によって、意図せずに因果関係を作り出してしまうことがあります。作り手が意図していなくても、受け手に誤った印象を与えることも少なくありません。カレンダーアプリやHBRの記事の例では、情報が近くに配置されていることで、意図していないストーリーが受け手の脳内に植え付けられています。

例えば、プロダクトの機能説明セクションとユーザーの成果事例セクションを並べて配置することがあります。しかし、その配置によって「機能Aが成果Bを直接生み出す」という因果関係を暗示してしまうことがあります。これが作り手の意図であれば問題ありませんが、誤解を避けるためにいくつかの問いを立てることができます。

  • 隣り合わせ配置で、ユーザーはどんな因果関係を想像する?
  • 因果関係は本当に成立する?単一要因による結果に見えてない?(成果は多くの要因から生まれるので、単一機能を強調し過ぎてないか確認します)
  • この配置で期待値を上げすぎている?
  • 隣接以外の方法で関連を示すならどうする?(色、大きさ、ラベルの工夫で誤解を避けることができます)
  • 補足説明や文脈情報で勘違いは免れる?小見出しやキャプションを添えるだけでも誤解を防げる場合があります)

配置は想像以上に強い影響力を持ちます。近くに置かれるだけで、ユーザーは関係や因果を補完し、自分なりのストーリーを作り上げます。特に流し読みの際にはこの傾向が強く、意図を超えた期待や誤解が生じやすいです。バズったりシェアされている情報をよく見ると、明示されていないが暗示的な伝え方をしているものが少なくありません。だからこそ、この配置でユーザーが何を因果と感じるかを問う機会がますます重要になります。

セクションの順序だけでなく、中身の距離や語順も因果をつくります。例えば、右肩上がりのグラフの直後に「新機能を公開」と記載すると、価格改定など他の要因を無視して、その機能のおかげだと解釈されがちです。また、セキュリティ説明の横に認証バッジを並べると、プロダクト全体がフル認証済みだと受け取られることもあります。だからこそ、この配置でユーザーが何を因果と感じるかを、ページ全体と同じ粒度で各コンテンツに対しても考慮する必要があります。

Yasuhisa Hasegawa

Yasuhisa Hasegawa

Web やアプリのデザインを専門しているデザイナー。現在は組織でより良いデザインができるようプロセスや仕組の改善に力を入れています。ブログやポッドキャストなどのコンテンツ配信や講師業もしています。