変化する媒体、進化するクリエイティブ

クリエイティブは、媒体の特性と配信方法に影響されることがあります。

音楽の世界を見てみましょう。

アルバムの起源ともいえるレコード(LP)が生まれたのは 1948 年(音楽を録音・再生できるレコード自体は 19世紀からあります)。LPは、両面におよそ 20 数分の音楽を保管することができました。ミュージシャンは 20 x 2 分の範囲に入るように音楽を構成しました。ラベルのデザインも LP ならではのものが生まれましたし、ジャケットにしても同様のことがいえます。

その後、さらに小さく、さらに多くの曲を保管できる CD が普及しはじめます。曲の長さも大幅に増え、トラック数も自在に増やせることから、その特徴を活かした曲が作られるようになりました。裏返して再生する必要がなくなった CD のラベルは、LP に比べて大胆になり、ジャケットも印刷技術の発展の恩恵を受け、デザインも多彩になりました。

Freewheelin のラベルボブ・ディランのアルバム「Freewheelin’」のラベル。
小さな領域に情報が詰め込まれた LP ラベルに対し、CD ではディスク全体が使えることから情報量が増えています。後にフルカラーでレイアウトが凝ったラベルも登場します。

LP と CD には、それぞれ異なる制約があります。LP には音楽が長くなると、分断しなければならないという制約があります。 CD には、そういった制約がないものの、いつでも曲飛ばしが出来るようになった環境で、いかにリスナーを魅了できるかという新たな挑戦が生まれました。制約は新たなクリエイティブを生み、クリエイティブがその媒体の特性を生かした形状を見つけ出してくれます。数曲の音楽をまとめるアルバムという形状が生まれた当時は、単に曲が録音されていたに過ぎなかったでしょう。しかし、それが次第に LP でしかできない構成、CD でしかできない曲作りという独自性のあるものを作り出しました。

2011年のニールセンの調査結果によると、アルバムではないデジタルトラックの売り上げが全体の3分の2以上を占めています。物理的なアルバムはまだ売れ続けていますが、成長率はデジタルミュージックより劣ります。CD からデジタル配信へと移行したことで、ミュージシャンもそれに合ったクリエイティブを発揮してきています。シングル・アルバムという概念をなくし、五月雨式にオンラインで曲を配信し始めているミュージシャンが出てきていますし、オンラインで気軽に聞けるように配信経路をたくさん用意している場合もあります。シェアされやすいように、おもしろい映像を交えて配信しているミュージシャンも少なくありません。

CD が出てきた頃は、LP っぽく作っていたミュージシャンもいたと思います。また、1曲ごと買えるデジタル配信の世界でも、アルバムという形にこだわるミュージシャンもいます。もちろん、古い形状はこれからも残るでしょう。しかし、それぞれの形に合わせて、それぞれの制約を考慮して新たな音楽のカタチが生まれています。「前のように作らないと意味がない」と考えるのではなく、「今のカタチに合う作り方」を追い求めている結果です。

「シングル → アルバム」というサイクルを抜けて、自由に音楽を出し続けている Radiohead。曲数や形状に拘らす、様々な形で自分のクリエイティブを発表し続けている Beck も好例です。

ストリームからパッケーンジングへストリーム式にコンテンツ配信をしつつ、自由なパッケージングでコンテンツを再配信するようになった音楽の世界。Webでのコンテンツ配信と重なるところがあります。

Web にも同様のことがいえます。

Web が普及しはじめた頃は、印刷物や CD-ROM の延長線上にあったと思います。『前のカタチ』と似せたクリエイティブが多く生まれたと同時に、Web の特性に合わせたデザインも模索され始めました。「Web」と一言でいっても、使われ方や、見せ方は変化し続けているので、それに合わせるかのように特性の活かし方も変化し続けています。

変化が訪れると、私たちはまず「今までのカタチ」を、どう再現するかという視点でクリエイティブを発揮することがあります。それでも上手くいくことはありますが、一線を越えるのは、改めて特性・特徴を見極めて、それに合わせてクリエイティブになったときだと思います。音楽の世界では、今の音楽の特性、今の音楽との触れ合い方に注目して、新たな力を得ているミュージシャンが生まれました。媒体の理解が深ければ深いほど、届けたい人々に向けてコンテンツが配信できるようになったかのようにみえます。

Web の特性を活かしたクリエイティブはどういったものなのでしょうか。例えば以下のような項目を挙げることができます。

  • いつでもどこでもアクセスできる
  • 多方向に展開する情報発信・受信
  • ハイパーリンクによる繋がり
  • 枠がない無形状

こうした特性は、今までのように作りたいときの『制約』になることがあります。しかし、言い換えれば新たなクリエイティブのためのインスピレーションと呼ぶことができるでしょう。そして、特性を活かすことで、ひとりでも多くの人にアクセスしてもらえる Web サイト・サービスになるはずです。

媒体の特性に合わせてクリエイティブが変化するのは Web だけではなく、他でも起こっていることです(スピード感が異なりますが)。ここ 1, 2 年で Web と人との関わり方は大きく変化したからこそ、もう一度 Web の特性を見直して、それに合わせたクリエイティブを模索する時期に来ているのではないでしょうか。

Yasuhisa Hasegawa

Yasuhisa Hasegawa

Web やアプリのデザインを専門しているデザイナー。現在は組織でより良いデザインができるようプロセスや仕組の改善に力を入れています。ブログやポッドキャストなどのコンテンツ配信や講師業もしています。