激変するテクノロジーとの正しい付き合い方

過渡期はない

「過渡期」という言葉は、今の世界には合わないのではないかと思います。

新しいテクノロジーが出る度に、人は「今は過渡期だから大変」「過渡期だから様子見」と口にします。Webの世界は毎年目まぐるしいスピードで新しいテクノロジーやトレンドが登場することから、毎年こうした言葉を耳にします。私が「過渡期」という言葉が好きになれないのは、私たちは常に変化の中にいるという事実を見ていない、消極的な表現に聞こえてしまうからです。

CSS Nite in FUKUI で、予測不可能な世界でデザインをすることの意味を話しました。上の図は、そのときに紹介した技術開発の進展と製品性能の成長を表した「Sカーブ」です。ひと昔は、Sカーブはゆるやかで、サイクルも10年〜20年くらいの長いものでした。しかし、今は複数のSカーブが重なり合っているだけでなく、サイクルも1年と短い場合もあります。

常に過渡期と感じてしまうのは、S字カーブの後期にあるはずだった安定期がなくなり、常に新しい技術によるイノベーションが起こっているからかもしれません。

つまり、過渡期だから様子見していても、安定期は来ないまま新たな変化が生まれるだけですし、ひとつのテクノロジーに固辞することで、次の変化に適応するためのコストが高くなることもあります。

「これだから Web は大変」と考えるかもしれませんが、デザインは常にテクノロジーと密接に関わり続けながら変化し続けているものであって、Web 特有ではありません。

例えば、紙のデザインにしてもグーテンベルクが活版印刷を発明してから、ずっと変わっていないわけではありません。特に過去20年の DTP の歴史を振り返るだけでも目まぐるしい変化があります。ハードウェア、ソフトウェア、書体、標準規格、ワークフロー、紙、カラーマネージメントなど、すべてにおいて変化し続けています。ここ3年くらいに絞ったとしても、電子書籍や新しいサービスや流通システムの登場など、数多くの変化がみられます。

テクノロジーを扱う仕事である以上、変化に適応していくことは大前提にあります。デザインであれば、それは避けられないですし、適応することで、表現力や提案の幅が広がると思います。

テクノロジーのスピードと人のスピード

よりよいデザインをしていくためには、目まぐるしいテクノロジーの変化に適応することを要します。しかし、新しいテクノロジーをすぐに取り入れれば良いのかというと、そうとは言い切れません。テクノロジーの変化という短いサイクルを見ると同時に、社会全体がどう変化しているのかという広い視点も備えることで、適したテクノロジーの導入が可能になると思います。

常にテクノロジーと共に仕事をしているが故に、忘れてしまいがちな視点があります。

  • 人はテクノロジーを気にかけながら生活していないが、様々なテクノロジーを受け入れながら生活している。なぜ特定のテクノロジーが受け入れらて、他のはそうではないのか考えてみる
  • 過去を振り返ることでヒントが見つかることもある。10年前のテクノロジーは古いかもしれないが、アイデアが古いとは限らない。当時の夢構想が実現できるのが今ということもある
  • テクノロジーが先立つものではなく、透明になったときに初めて人は受け入れてくれる。今の生活の延長線上にあるものは何か、それはテクノロジーによって助長できるのかを考える
  • 一般の方にとってテクノロジーは未知の世界。何がどう良いのかを説明しても、響くものではない。この温度差があることを前提にした上でソリューションを提案する

テクノロジーと人との関係

プロフェッショナルの仕事をしているので、テクノロジーの仕組みや実装方法を学ばなくてはいけません。しかし、テクノロジーの本質はそこにはありません。私たちデザイナーはテクノロジーの定義を理解するのではなく、テクノロジーと人の関係にさらなる視線を注がなくてはいけません。

Facebook という『テクノロジー』を例にしてみましょう。
タイムラインの実装方法や、Like を付けてもらうためのテクニックは重要ですが、デザインされたソリューションとは言い切れません。Facebook の登場により、人はどのようなコミュニケーションをとるようになったのか、オフラインでの行動の変化はあるのか、どのようにして Facebook を使う時間を捻出しているのか・・・こうした Facebook を基軸にした行動や習慣のメカニズムに注目するとどうなるでしょうか。テクノロジーと人との関係から設計を始めることで、タイムラインや Like の実装が意味のあるプロセスに変わるはずです。

テクノロジーは、私たちの業種にとって常にエキサイティングな存在です。しかし、実はもっとエキサイティングなのが、テクノロジーそのものではなく、テクノロジーによって生まれる新しい人の関係だと思います。常に変化しつづけるテクノロジーですが、すぐに飛ぶつくことはありません。人がテクノロジーによってどう変わるのかを考え始めることで、自分が習得するべきものなのかも見えてきますし、変化の適応能力を上げることができるようになるはずです。

Yasuhisa Hasegawa

Yasuhisa Hasegawa

Web やアプリのデザインを専門しているデザイナー。現在は組織でより良いデザインができるようプロセスや仕組の改善に力を入れています。ブログやポッドキャストなどのコンテンツ配信や講師業もしています。