ウェブらしい新聞サイトのあり方とは

2月24日に「ネット時代のメディアとジャーナリズム」というオープンフォーラムが開催されました。本当は会場に行くべきでしたが、丁度 Ustream で中継がされていたので視聴させていただくことに。そのときの模様は Twitter の #mf224 で追うことが出来ます。パネルディスカッションはフォーラムの題名にもなっているメディアとジャーナリズムだけでなく、ビジネスモデルの話まで広げて議論がされていました。同じ日に日経が有料のWeb刊サービスの開始を発表しているので、こちらも踏まえて依然として存在する Web と紙とのギャップについて整理しておこうと思います。

新聞の価値がコンテンツの価値ではない

新聞はお金で買っていますが、Web にアクセスすれば無料でコンテンツがあります。よって、Web はすべて無料にしてしまうライバルのような存在である、情報の価値を下げているので価値に対して値段をつけるべきという考える方もいるとでしょう。しかし、私たちは新聞を買う際に新聞のコンテンツのみに対してお金を支払っていたわけではありません。私たちは新聞にお金を払うとき、以下のコストに対して支払っていると考えることが出来ると思います。

情報料
掲載されている記事
編集料
コンパクトに分かりやすくまとめられている
印刷料
手軽に読むために媒体を最適化
配送料
自分の手元に届く

Web以前だと今のようにニュースを探して読むのは大変手間でしたし、全体的に見渡すことも難しいです。そもそも素人の私たちでは情報を探すということすら不可能に近かったかもしれません。しかし、新聞をひとつ読めばニュースを探す手間が省けますし、購読すれば毎日手元へ郵送されます。何処へでも持って行って読むことが出来ますし、適切にまとめられているので、多くの情報量を吸収することが出来るでしょう。情報を集めたり、いろいろ知りたいという私たちの欲求に対して新聞は応えていただけでなく、様々な手間を省いてくれる存在といえるのではないでしょうか。情報だけでなく時間と手間というコストにも支払っていたわけです。

新聞には様々なコストがかかっているわけですが、Webを利用することにより以前よりコストを削減出来たり限りなくゼロに近づけることが可能になりました。情報料のように Web になってもコストが変わらないものがありますが、以下の項目は下げることが出来ます。

編集料
文法や文体への編集は必要ですが、新聞のように有限領域の中に情報を埋めるという概念がなくなるので、紙媒体特有のレイアウト編集は必要ないし、必ずしもコンパクトにする必要もない
印刷料
部数(ビューワー)がいくら増えても印刷のようにコストが比例して増えていくわけではない。ページをどんなに増やしたとしても同様
配送料
利用者が自ら訪れるので配送という概念があまりない。もちろんメールやRSSを利用して直接届ける技術があるが、これらのコストは低く読者が増えたところでコストが大幅に上がることはない

このように紙媒体でニュースを配信していた新聞社も Web を利用することでコストを削減し、より多くの読者にリーチする機会を得ています。今の新聞サイトの収益モデルが情報料と編集料の価値に相当する金額になっているかどうかは分かりませんが、「新聞の価値=コンテンツの価値」と見なした捉え方や値段設定は少し違うかもしれませんね。また、Web を利用して強みを得ている部分があるわけですから、ますますそれを利用して情報の価値を見出して欲しいところです。

Webの一部して存在するWebサイト

新聞サイトだけではありませんが、Web サイトに見られる傾向として紙媒体の手法をそのまま Web へ移行しているのをよく見かけます。ひとつ例として挙げられるのが Web サイトで自社の領域と他社の領域を明確に切り分け過ぎている部分です。新聞は物理的に他の媒体 (世界) から独立して存在していますが、Web は違います。どんなにアクセス数が少なくて規模が小さなサイトでも Web という巨大なネットワークの一部として存在しています。巨大なひとつのネットワークにいるからこそ、利用出来る部分は利用したほうが良いわけです。分断するより他との関わりがあるほうが Web サイトを便利に使えますし、アクセス向上にもつながるでしょう。

しかし、自社の領域を明確にしたいばかりに記事に関わるリンクをあえて付けないことで自社とそれ以外を分断する場合があります。リンクがなぜか全角英数になっていてクリックが出来ないようにしているのもあります。他に便利な情報ソースがあるのにわざわざ自社で開発しているのも、紙の新聞のときにはあった「自社の領域・媒体」の明確にするための努力の結果なのかもしれません。新s(あらたにす)のようなコンセプトのサイトも新聞社がわざわざ作るサイトなのかといえば、どうなのでしょうか。

こうした状況を「Webを分かっていない」と表現してしまうのはとても乱暴なことです (だいた書いている私も分かっているかどうか)。Web を分かっている分かっていない以前に注意しなければならないのは、新聞社サイトをはじめ多くの Web サイトは情報配信側の都合を利用者に押し付けている点ではないでしょうか。リンクの貼り方、わずか数百文字で記事がページ分割されている見せ方、厚かましい広告の見せ方、各部署の統制が出来ないまま情報が乱列する状況など、いろいろことが利用者に小さな「使い難い・読み難い」という印象を与え、徐々に溜まっているのではないでしょうか。ここ数年、新聞サイトのアクセス数が伸び悩んでいるのも Web サイトの読者への配慮が足りていない結果かもしれません。Webデザインを人間の活動を促進・助長するデジタル環境を作り出すことと定義するのであれば、デザインしきれていないですよね。

新聞サイトはサービスプロバイダーへ

「使い難い・読み難い」を解決するための試行錯誤は紙の新聞でもされてきたことです。Webではタイポグラフィやレイアウトといった部分だけでなくコンテンツのWeb最適化、機能、そしてユーザーインターフェイスなど「使い難い・読み難い」に関わる部分が他に幾つかあります。上記に紙媒体のときにあったコストがなくなると書きましたが、逆に Web ならではのコストがこうしたコンテンツとは別のサービスの提供部分にあるでしょう。コンテンツに価値があっても、それを活かすも殺すも Web ならではのサービスの充実が不可欠でしょうし、サービスが新しい価値としてマネタイズのモデルに加えることが出来るのではないでしょうか。

多くのジャーナリストを抱え、彼等をマネージメントし取材記事の量を充実させる、情報を編集・最適化して様々な Web の配信チャンネルから読むことが出来る利便性、様々な角度から分析されている豊富なデータ、Web 読者との関わり方やコミュニケーションを促進するためのきっかけ作りなど、新聞社だから出来るサービスは数多くあるはずです。新聞社だから紙が軸になくてはならない必要もないわけです(紙の新聞が必要ないわけではないですし)。新聞社だから紙の新聞のイメージそのまま Web に移植することもありません。新聞社の強みや特徴は「紙媒体で配布している」以外にたくさんあります。その強みを Web 利用者(読者)の活動にマッチさせて促進させてあげれば、Web ならではの新聞の価値も生まれてくる可能性があります。

以下に少ないですが、フォーラム中に Twitter で書いたことをまとめておきます。

  1. yhassy 新聞はこれからはサービスプロバイダー的な位置へ移行していくのかな。情報を紙という媒体に載せるのに最適な形で編集・加工していたように、Web には Web の最適化があるし。それがサイトに情報を載っけておく・・・だけではないね。
  2. yhassy 情報のファンクラブ、というよりジャーナリストのファンクラブは今でもあるし、それはアリだと思う。以前書いたけど。 http://bit.ly/yw6Ri
  3. yhassy そもそも「ブランディング」がイメージ作りとイコールな意味になっていること自体がどうなんでしょうね。
  4. yhassy Webを軽視している紙の人・・・という視点はあるかもしれんが、コンテンツを活かしきれていなかったり、ビジョンを伝えきれていない Web 側の人もいるという視点もあるかと。
  5. yhassy ただ、Webはすごいですよ、いろいろ可能性がありますよだけでは何の魅力も伝えてないし。
  6. yhassy マスメディアなんて!とか言っても、結局ソーシャルメディアの会話に流れるのはマスメディアからの情報が多数なわけだし。Webの原動力のひとつなんだよね。けど、うまくモニタリングされてないのだろう。
  7. yhassy 新聞も雑誌もそうだけど、果たして我々はコンテンツのため『だけ』にお金を払っていたかというとそうじゃないですよね。印刷費用のコストであったり、自分の手元に郵送されるコストを支払っていたはず。
  8. yhassy 新聞社、ではないけど数年前 CNN のレポーターが勝手にブログで裏話して解雇されたというエピソードがありますね。1年後くらいにその方はそのあと自分でビデオブログ番組を Yahoo! News とタイアップで配信してます。 http://bit.ly/cQwHov
Yasuhisa Hasegawa

Yasuhisa Hasegawa

Web やアプリのデザインを専門しているデザイナー。現在は組織でより良いデザインができるようプロセスや仕組の改善に力を入れています。ブログやポッドキャストなどのコンテンツ配信や講師業もしています。