わたしが広告を掲載しない理由

このサイトに始めて訪れた方は、広告がないことに気付いたでしょうか? 以前から読者である方のなかには、このサイトにはなぜ広告がないのか不思議に思っている方もいるかもしれません。現在の Web 広告には以下 5 つの問題を抱えていると考えており、掲載を控えています。

  1. 技術の問題
  2. ユーザー体験の問題
  3. デザインの問題
  4. コンテンツの問題
  5. モラルの問題

読者の足を引っ張る広告たち

何度か広告ネットワークから掲載オファーをいただいたことがあります。多くの場合、複数の JavaScript を埋め込む必要があり、パフォーマンスへの多大な影響がでることから掲載を断っています。うちのような小さなサイトであれば大きな変化はないかもしれません。しかし、ちょっとしたパフォーマンスへの負債が積み重なれば読者への影響も多大なものになります。

通常の場合と、広告ブロックをつかったときのファイルサイズとリクエスト数の比較

上記の数値は、ある有名な日本のブログメディアのトップページのファイルサイズとリクエスト数です。広告ブロックを使うことで、ファイルサイズとリクエスト数が著しく変わるところからみても分かる通り、広告はパフォーマンスの大きな足かせになっています。サイトによってはトップページより記事ページのほうが広告が多いことがあるので、この差はさらに広がります。また、ビデオ広告になると10MB を超える転送量になるでしょう。

ただ「コンテンツが読みたい」と思っていても、これだけの足かせがあるわけです。高速回線のデスクトップでも「画面を読み込んでいるな」と感じるスピードなわけですから、回線が不安定な環境だとさらに不快なものになります。

そもそもなぜ JavaScript が必要なのかというと、私たち消費者の行動をトラッキングするのが主な目的です。初めて訪れるサイトでも、私たちの購買履歴を基にしたオススメ製品を表示できるのもトラッキングのおかげです。便利に使えるものではありますが、私たちが知らない間に様々なトラッキングコードがパソコンに埋め込まれているわけです。AVG PrivacyFix のようなサービスを使うと、どれだけ広告追跡されているのかチェックすることができますが、その数に驚くと思います。

広告表示によってパフォーマンスが著しく落ちる上、読者のプライバシーも奪ってしまうのであれば、掲載するデメリットのほうが多いと判断しています。

筆者と広告の関係が築きにくい

こうした広告技術によるユーザーの読書体験の阻害だけでなく、コンテンツそのものにも問題があります。Google Adsenseのように、記事の内容を解析して最適な広告を掲載してくれるサービスがありますが、サイトのコンセプトや、書き手の文脈を把握して掲載しているわけではありません。そのため、記事によっては見当違いの広告が掲載されることがあります。時には自分はサポートしたくない製品やサービスまで掲載される可能性もあります。

Webサイトが広告を掲載するための『置き皿』になっているだけで、筆者・管理者が掲載したいと考える広告を選んでいるとは言い難い状況です。設定画面から不適切なものを排除できるサービスがあるものの「これはぜひ見て欲しい」と思えるもの、自信をもって勧めることができる製品やサービスを広告として載せるのが困難です。広告のキュレーションができないといったところでしょうか。

日本には Deck のような Web 開発者やデザイナーに優しい広告ネットワークが存在しないので、広告を選ぶのが難しいのかもしれません。

PVが唯一の価値なのか

サイトの価値がページビュー(PV)でしか判断されないのも課題です。脱PVでコンテンツを評価することはできますが、それを尊重した広告モデルは極めて少ないです。PV でしか媒体価値を測ることができないから、PV を上げるための施策に入る。そのために作りたいコンテンツ、配信するべきコンテンツは後回しになり、すぐに PV を稼ぎだすコンテンツが優先になることがあります。PV を右肩上がりにするために、とにかくたくさん早く配信しなければいけないから、海外サイトのコンテンツを横流しするといった行為をするところもでてきます。

PV 至上主義といえるようなコンテンツ配信が正しいのか間違っているのかはさておき、その方法でしか満足な広告収入が得られないことに疑問を感じます。長くこういうやり方だから仕方ないという見方はありますが、新しい価値を生み出すことができる Web の世界で古くから使われている手法に留まることはないと思います。

広告と収入と読者への価値について

有料コンテンツ(Pay Wall)も広告モデルとは異なる収入としてのアプローチがありますが、「一人でも多くの方に読んでもらいたい」と考える書き手の立場からいうと、お金を支払うわずかな人にしか読まれないというのは機会損失のような気がします。

では、どうしたら良いのかというので考えているのが、スポンサーシップ。これは Daring Fireball の John Gruber 氏をはじめ、いくつかのブログやポッドキャストが採用しているアプローチ。配信者側と広告主との関係が築けるだけでなく、自分が本当に勧める製品やサービスを紹介できるのもメリットです。投稿やフィードの間に挟むなど、見せ方もいろいろあります。スポンサー企業とのコミュニケーションや管理など、コンテンツ制作以外の作業量が増えるのが課題ですが、従来の広告では難しい配信が可能になります。

読者から寄付を集めるという方法もあります。PayPal をつかった寄付ボタンは昔からありますが、日本では PayPal の普及が遅かったことから敬遠していました。しかし最近では Patreon のような読者から寄付を集める良質なサービスがでてきたので、以前より導入がしやすくなってきています。これは Kickstarter のような資金調達サービスとは異なる、制作者とユーザーを繋げるものとして注目しています。Google も類似サービスを立ち上げているわけですから、ひとつの大きな流れになるかもしれません。

他にも現存コンテンツのパッケージングという手段もあります。電子書籍「Experience Points」は、サイトで無料で読める記事を電子書籍というかたちにパッケージングしたものです。収入はわずかでしたが、読者のニーズに合わせてカスタマイズすることで、その対価が支払われることが分かった貴重な体験になりました。電子書籍用にコンテンツを再編集する手間はあるので手軽ではありませんが、ひとつのアプローチだと思います。

読者への尊重。
そして、コンテンツを作る人たちが選べる新しいかたちの広告モデルをデザインする時期が来ていると思います。マルチデバイス化が進んでいる今、従来のような『場所取り』『PVだけで価値判断』だけでは難しいです。大きな課題ですが、このサイトの運用を続けながら考えていこうと思います。

Yasuhisa Hasegawa

Yasuhisa Hasegawa

Web やアプリのデザインを専門しているデザイナー。現在は組織でより良いデザインができるようプロセスや仕組の改善に力を入れています。ブログやポッドキャストなどのコンテンツ配信や講師業もしています。