AIで早くなって、何が見えなくなったのか

AIで早くなって、何が見えなくなったのか

AIによって成果物を作る手間が軽くなったのは良いですが、それで物事が早く進むのかといえばそんなことはありません。

生成AIでいろいろな成果物が短時間で作れるようになりました。デザインシステム、スタイルガイド、UIモック。以前は数週間かけて整備していたものが、プロンプトを数行書くだけで、それらしい形で生成できるようになりました。Google Stitchを使えば、生成されたデザインシステムを基に様々なデザインパターンを手軽に模索することができます。

Webサイトやアプリをもっと早くリリースしたいのに、できない。そんなとき、作る側から見ると、早く形にできないことが、いちばん見えやすいボトルネックに感じられます。だからこそ、生成AIによって短い時間でいくつものデザインが手元に並ぶことに、強く惹かれます。今までスケッチや初期案に何時間もかけていたところが、数分で複数のバリエーションを眺められるようになると、生産性が上がると期待してしまいます。Google Stitch をはじめとしたツールを少し触るとそんな期待が高まるのも無理はありません。

ただ、 作るのが遅いからリリースが遅れてしまうといったことは稀です。 実際に多いのは、抜け漏れがないか、本当に適切なアプローチか、そして本当に効果があるかを判断する局面で時間がかかります。 デザインシステムは良い例です。コンポーネントが揃っていれば、確かにプロトタイプは作りやすくなります。ただ、それだけでプロダクト開発の判断の確度が上がり、リリースを早められるかというと、そうとは限りません。

組織の文脈を置き去りにしたデザインシステムの罠
デザインシステムの成功は手段の選択に大きく左右されるわけではなく、実際には計画の不備が失敗の原因となることが多いです。

つまり、難しいのは、何を作るべきで、 何が妥当なのかをチームで合意することと、その合意が現実の制約と噛み合うかを見極めることです。AIは何かを出力するコストを圧倒的に安くしましたが、だからとって良い判断に繋がるとは限りません。

曖昧さに留まると見えてくること

クライアントの依頼の中には、「○○を作ってください」といった、手段が先に提示されている場合があります。 提示された手段の要件定義やスコープを絞る方もいるかもしれませんが、 ほんとんどの場合、手段から少しずつ離れた話をします。その手段を選んだ理由や背景、そして期待していることについて詳しくヒアリングします。また、現在の体制や関係者、プロセスなどの状況を確認し、関連資料も合わせて調べることが多いです。

どんな案件でも以下の問いを頭の中に置いてヒアリングしています。

  • 見えていないものは何か?
  • この問題を形作っている条件どう決まっているのか?
  • 意思決定は誰が、どんな材料で進めているのか?
  • 決まった後に、何が振り返られ、何は振り返られないままになっているのか?
  • 議論の場にいない人、声が小さい人は誰か?

「手段を目的化するな」という言葉があります。私もその考えに賛成ですが、手段を選んでしまう人たちの気持ちも分からないわけではありません。 手段はやることが明確です。成果物のかたちもハッキリ分かります。そこには何かしらの安心感があるのではないでしょうか。

一方、上記のような問いを立てたり、手段から一歩引いて周囲で起きている課題をヒアリングしたりすることは重要な活動ですが、その先がどうなるかは見えにくいです。明確な答えや輪郭がない、曖昧で抽象的な時間になります。 手段のようなはっきりとした答えが出せない時間と空間。こうした時間の過ごし方に、不安を感じる人もいるでしょうし、「なぜこんなことをしているのだろう」と思う人もいると思います。

こうした時間に長く居座らないと見えてこない答えがあると思います。逆に、こうした曖昧な時間を費やさずに手段に飛びついてしまうと、見られない、使われない成果物が生まれてしまうのではないでしょうか。

意図ある物作りを

AIは過去の似たパターンを引き出して組み合わせ直すのが驚くほど上手いのですが、その組織の今週どこまで踏み込めるかの肌感や、特定の役員の関心の向きや、来月のリリースのプレッシャーを織り込んだ上での「いま解くべき問題」を明文化することはできません。 そのような情報はコンテキストファイルとして保存されないわけです。ハーネスして「それっぽい出力」は出力できても、判断が早くできるかは別の話です。

AIによって成果物を作る手間が軽くなったのは良いですが、それで物事が早く進むのかといえばそんなことはありません。「何を解くか」に時間を費やさなければ、レビューの量や判断の迷いを増やしているだけです。AIにモックを30案出してもらってから議論を始めるより、議論の前に半日、関係者の観察と問いかけに使う方が、結果的に良い答えに近づきやすいです。

デザイナーとして視点を変えるべきなのは、「自分の作業をいかに早くするか」という考えから、「自分が作ったデザインを通して、物事が進むように促せるか」という視点への転換だと思います。 それは単に早くものを作るということではありません。 早くプロトタイプを作って共有するのではなく、自分の作ったものを通して何を変えようとしているのかを考えて作ることです。チームメンバーの迷いを消すためなのか。違う視点を周囲に共有して刺激を与えるためなのか。それとも具体的に困っていることを解決するためなのか。こうした状況把握したうえでの物作りができるデザイナーであれば、AI だけでなく他に何か新しい技術によって自動化されても必要とされるはずです。

Yasuhisa Hasegawa

Yasuhisa Hasegawa

Web やアプリのデザインを専門しているデザイナー。現在は組織でより良いデザインができるようプロセスや仕組の改善に力を入れています。ブログやポッドキャストなどのコンテンツ配信や講師業もしています。