ベストプラクティスを教えてもらう時代は終わったと思う
今おこっている変化に対して、従来の延長線上で対応するのか、それとも新しい前提で思考し直すのか。

2025年6月28日、contents.nagoya 2025 というweb制作者向けのカンファレンスに参加しました。いくつかのセッションでAIが取り上げられましたが、議論の焦点はほぼ現存ワークフローの「効率化」と「生産性向上」でした。もちろん、こうした視点は、現場で即座に役立つという意味で非常に重要です。 参加者もそれを期待していると思います。ただ、現在進行中のAIの変革は、過去20年くらいのweb発展とは本質的に異なる新たな段階に入っていると思います。 そのため、既存のワークフローを効率化するためだけにAIを用いたり、協働の接点を探るだけでは不十分と考えています。

従来アプローチの最適化で良いのか
例えば、Google の AI Overviews は、検索結果の 18-64% のトラフィック減少を引き起こすと言われています。特に情報系サイトへの影響は大きいとされ、ユーザーはゼロクリックで必要な情報を得られるようになっています。 これは 、ChatGPT や Perplexity といった AI サービスにも当てはまります。Webサイトを訪れなくても目的を達成できると実感している人はたくさんいると思います。ゼロクリックになれば、従来の広告やオーガニック検索結果の可視性が低下するわけですから影響は大きいはずです。

これは単なる表示形式の変更ではありません。人間と情報の関係性そのものが変わり始めていることを意味しています。従来の検索では、ユーザーがキーワードを入力して情報を「引き出す」プル型のプロセスでした。しかし。今は AI エージェントが情報を集めてユーザーに合わせてまとめてユーザーに提示するプッシュ型に移行し始めています。HubSpot のトラフィック流入が半年で80%減少や米ニュースサイトはGoogleからの流入半減したニュースからも、今での延長線でSEOができないことを示しています。
長年、SEOやコンテンツマーケティングでは「いかに発見されるか」を考えてきました。数年後にはAI検索が従来のキーワード検索を上回る見通しが高いという可能性があります。たとえば、2026年までに従来の検索が25%も減少するといった Gardner の予測記事だけでなく、Google や Microsoft のAI検索への舵きりする現状を見ても、その流れは明らかです。
この変化は検索領域にとどまらず、CMSにも言えます。ページというwebサイトの見た目に縛られない、構造的なデータを扱えるヘッドレスCMSは、Webサイト以外で情報を得るユーザーが増えた今、重要性を高めています。 ヘッドレスCMS市場は、2024年から2033年にかけて20.5%の成長が見込まれています。 これは、従来の「Webサイト管理」からAIを含む複数チャネルでのコンテンツ管理へと移行が進んでいることを示しています。
エンタープライズ向けのAdobe Experience Manager(AEM)だと、すでにこの方向性を実現していますが、この変化はエンタープライズ以外の領域にも急速に広がっています。コンテンツ管理は、特定のサイトやアプリのためではなく、あらゆるチャネルでコンテンツを再構成・配信できるワークフローを前提とした設計へと向かっています。つまり、Web サイトにコンテンツを載せることを前提とするワークフローに限定しない体験設計が求められるはずです。
こうして情報の接し方が変わってきている中で、従来からあるWebサイト制作ワークフローの最適化という文脈でのAI活用だけでは、単にAIのポテンシャルを十分に引き出せないだけでなく、今起こっていることへの対応が十分にできない最適化を行っている可能性があるかもしれません。 もちろん、直近の課題を解決することは重要ですが、既存業務の効率化に留まれば視野が狭くなりがちです。
PwCの調査によると、日本企業の多くが生成AIを「単なる効率化ツール」として捉える一方、米国企業は「業務や事業構造の抜本的改革の手段」として新しい顧客体験創出や新規事業投資に活用しています。 この差は、ツールの使い方の違いではありません。情報アクセスの多様化というパラダイムシフトに対する根本的な認識と対応戦略の違いだと思います。

誰も答えはもっていないから
「では、具体的にどうすればよいのか」といった疑問を抱くはずです。
明確な答えが見えない漠然とした不安こそが、AIへの関心を高めている人もいるはずです。
過去20年くらい、web制作のワークフローは比較的安定していました。テクニックは進化を続けているとはいえ、SEOの基本原則、デザインプロセス、ユーザビリティの捉え方、情報へのアクセス方法は大きく変わっていません。だからこそ、ベストプラクティスやフレームワークといった「型」を整えやすかったのだと思います。カンファレンスや勉強会が「型を学ぶ場」として定着したのも、こうした安定期があったからかもしれません。
しかし、現在の状況は全く異なります。毎月新しい技術やサービスが登場し、前月のベストプラクティスが別のものに入れ替わることが頻繁にあります。web やアプリ系のイベントは、専門家が「答えを教える」「ベストプラクティスという型を伝える」場が中心でした。しかし今必要なのは、みんなで悩んで、検証し、学習する集合的センスメイキングではないでしょうか。誰も明確な答えを持っておらず、分野も多岐にわたるため、一人や少人数で考えるには限界があります。
最近、わたしはカンファレスのセッション参加はほどほどにして、スポンサーブースにいる担当者と話をしたり、参加者と雑談するようにしています(contents.nagoya でもそうでした)。異なる経験、専門性を持つ参加者の意見の断片を組み合わせることで全体像が見えてくることがあります。 AI や CMS の活用でも、明確な答えがないまま模索する過程を聞いたほうが、変化が早いなかでの学習の糧になります。
今おこっている変化に対して、従来の延長線上で対応するのか、それとも新しい前提で思考し直すのか。その選択が、今後数年間の競争力を大きく左右すると思っています。たぶん、従来のデザインプロセスそのものに疑いの目を向けてるのは私だけではないはずです。答えはまだ誰も分かりません。ベストプラクティスがどこかにある状態から、皆でベストプラクティスを創り出していく時代になったのは、個人的にはとてもエキサイティングなことだと思います。