文脈の共有から始まるデザインの会話

知ることで変わるアートの見方

ジャクソン・ポロックが描く抽象表現主義の絵画を見て、「分からない」「何かゴチャゴチャしている」という感想を述べる方はいると思います。彼の作品だけでなくとも、美術・芸術作品にはパッと見ただけでは理解が難しいものは数多くあります。「素晴らしい」と絶賛される芸術作品でも、昔から普遍的にそうであったとは限りません。例えば世界で最も有名な絵画といっても過言ではないモナ・リザも、1911年にあった盗難事件で一気に有名になったと言われています(参考記事)。

アートは自分の好みで「素晴らしい」「美しい」というリクアションを語ることができますが、それだけではありません。芸術家が歩んできた人生や歴史背景を知ることで、作品への理解が増すだけでなく、作品の見方が大きく変わる場合があります。

Autumn Rhythm: Number 30

ジャクソン・ポロックは、幼少の頃厳しい生活をしていたのが彼の生き方にも影響していますし、メキシコ壁画運動が大型でダイナミックな彼の作風の土台を作り出したと言われています。アルコール依存症から、ユング派の医師による精神分析を受けたこと。第二次世界大戦、そして緊張状態が続くソ連との冷戦への思いは、彼の作風に見ることができます。「Autumn Rhythm: Number 30 (1950)」をはじめとした彼の作品は、今までの芸術運動の流れに一石を投じたと言ってもいいほどインパクトがありました。また、彼はジャズの影響を受けているので、絵画を音楽として捉えるとまた違ったものが見えてくるはずです。

ランダムな曲線を描くジャクソン・ポロックの作品も、文脈を知ることで少し違ったふうに見えてくるはずです。これはアートだけでなく、デザインにも同様のことが言えます。そのアートがどのようにして生まれたのかを知ることで理解が深まるのと同様、デザインも作られた結果だけでなく、過程を知ることで見え方が変わります。

説明は大変だがサボれない

ここで言う過程とは「ワイヤーフレームからコードまでのワークフローはどうか」「Photoshop でどう作ったのか」といったことではありません。アートでは、アーティストの心理や時代背景を理解しましたが、それと同じようにデザインではデザイナーがどのように考えたのか、その考えに影響したものは何かを理解する必要があります。

背景を説明しないまま「これはどうですか?」とデザインを見せてしまうと、アートにもありえる「好き」「嫌い」というリアクションになります。デザインの会話を感情的なリアクションからスタートしてしまうと、なかなかそこから抜け出せなくなる恐れがあります。感情的なリアクションを伝える機会はあって良いと思いますが、デザインをもっとよくするためのフィードバックを提供する場では適していません。

デザインの文脈を伝えるということは、以下の 4 点を説明することだと考えています。

  • そのデザインは利用者(もしくはビジネス)のゴールをどのように達成しようとしているのか
  • どのような流れで、そのデザインが表示されるのか
  • 幾つかの可能性がある中、なぜそのデザインを選んだのか
  • デザインでうまくいっている部分、課題になっている部分は何か

これらにすべて共通しているのが、見た目の解説をしているのではなく、デザインの『なぜ』を説明している点です。もし利用者とビジネスゴールが共有されていないのであれば、そこから見直す必要もあるでしょうし、予算や時間といった制約の理解も欠かせません。こうして見ると準備が大変だと思うかもしれませんが、会議と同じように下準備が必要ですし、それを怠ることでファシリテーションが一気に難しくなります。フィードバックがもらえず、その場でするべきではない議論が延々と続いてしまうこともあります。

何かタスクを達成することが目的のアプリケーションであれば、ひとつひとつ画面を見せるのではなく、流れ(ユーザーフロー)が見える状態にする必要があります。もし会員登録の画面フローでも、そこだけ見せるのではなく、メールや検索など、どういった経緯で画面を見始めるのかといった部分も共有すると文脈が掴みやすくなります。

まとめ

百聞は一見に如かずと言いますが、的確なデザインのフィードバックを得るには見せるだけでは十分ではありません。アートと同様、デザインも文脈を知ることで理解が深まるだけでなく、デザイナーがどのようなフィードバックを欲しているのかより明確になります。準備は大変ですし、準備万全だからといってうまく行くとは限りません。しかし、きちんと準備をしてデザインについて説明し続けることが、周りから理解を得るためには欠かせません。

デザインは重要と言われている今日ですが、デザイナーに数日時間を与えたら素晴らしいものが出てくると思っている方はまだたくさんいます。同業者はもちろん、様々な専門家とのコラボレーションでデザインが少しずつ良くなることがほとんどです。デザインへの理解、そしてそれに基づいた会話を始めるためにも、まず私たち自ら『デザインの文脈』を説明していきましょう。

Yasuhisa Hasegawa

Yasuhisa Hasegawa

Web やアプリのデザインを専門しているデザイナー。現在は組織でより良いデザインができるようプロセスや仕組の改善に力を入れています。ブログやポッドキャストなどのコンテンツ配信や講師業もしています。