有意義な批評・評価をするためのデザイン原則
ニュアンスを明文化するという行為
大企業のように Web 上で公開しなかったとしても、デザイン原則はどの現場でも必要です。ステークホルダー、クライアントそしてチームメンバーと対話をする際「本プロジェクトにおける良いデザイン」を予め定義しておくことで、ファシリテーションの難易度を下げることができます。見た目はもちろん、機能実装や画面設計も「これは原則に沿ったものだろうか?」という質問を投げかけることで、感情や直感だけに頼らないデザインが決めやすくなるでしょう。
わたしたちデザイナーがよく使う「利用者にとって分かりやすく、使い易い」「素早くタスクを完了できる」「シンプルで見やすい」といった言葉は、実はそれほど明確な表現ではなかったりします。シンプルも捉え方で様々な見た目が生まれますし、使いやすさも個々の知識や経験に大きく委ねられる場合があります。何をもってシンプルと見なすのかを明確にしないままだと、議論が集約しませんし、製品・サービスの本質を失う可能性もあります。
ユーザーインタビューや市場調査して、それを基にデザインを考えるのも手段ですが、利用者へ目を向ければすべて上手くわけではありません。私たちは何者なのか?どのような価値を提供したいのか?自分たちの核を明確にした上で、利用者のニーズと合わせて考える必要があります。自分たちが何者であるかという根本的な部分を明文化することで、何を利用者に聞けば良いのかも見えてきますし、機能追加や改善の優先順位のヒントも得ることができます。一方的に言われたことをすれば良くなるわけではなく、サービス・製品がするべき意味・価値と合わせて考えるために原則が欠かせない存在になります。
数十名以上抱える組織になると、感覚的なところまで通じ合うことが難しくなりますし、リーダーがすべて目を通すこともできなくなります。感覚的なところを明文化しておかなければ、個々が思うがままに意見を発することになりますし、手探りでモノを作るという非効率なことも発生します。こうした課題を解決するには、利用者という『外への理解』だけでなく、組織という『内への理解』も同じくらい必要になります。そのために原則は大きな役割を果たしてくれるはずです。
批評のための原則
今まで何度かデザイン批評の話をしてきていますが、批評をする上で何かしら『基準』もしくは『芯』が必要になります。ターゲットにしているユーザーや、彼らのニーズに対して機能や UI を議論することもありますが、「これは我々の価値感に合っているか」という疑問について語り合うことも欠かせません。
すべての人の感性・感覚に 100% 合うものを作ることはできません。また、すべてにおいてトレードオフがあります。技術、ビジネス、金銭、時間など、様々なトレードオフがあるなかベストを尽くさなければいけません。そのとき「ここだけは外せない」という最低限の品質は守らなければいけなくなります。デザイン原則はその最低限の品質を守るための約束事として捉えることができますし、デザイン批評も原則に基づいた質問をすると感情的な意見交換を軽減することができます。
では、どのような文章がデザイン原則と見なすことができるのでしょうか。Facebook Design Principles を例に見てみましょう。
Fast
We value our users time more than our own. We recognize faster experiences are more efficient and feel more effortless. As such, site performance is something our users should never notice. Our site should move as fast as we do.
速い
私たちの時間より、利用者の時間のほうがもっと重要で価値があります。速く感じる体験は苦労を感じさせないですし、効率的だと感じやすいです。よって、サイトのパフォーマンスは利用者が気づかない透明のような存在であるべきですし、サイトは私たちと同じように速く動くべきです。
このようにデザイン原則は、私たちがよく使うフレーズと共に説明文が添えられている場合が多いです。どういう意味で「速い」のか?利用者がどういう状態になると「速い」と見なすことができるのか書かれています。機能追加、そしてデザインを考えたり評価する際も「Facebook が考える速いを満たすか?」といった質問ができますし、個々の感覚でデザインの良し悪しを言い合うことを避けることができるでしょう。
しかし、この原則だけ読むと「Facebook だけではない話だ」と考える方も少なくないはずです。デザイン原則は複数の項目で構成されていることが多く、Facebook も 7 項目あります。ひとつだけでは伝わってこないかもしれませんが、7 つの項目をすべて読み通すことで「Facebook らしさ」がなんとなく見えてきます。この「なんとなく」という感覚を「なんとなく」で済ませないのがデザイン原則の役割です。
「デザイン」という言葉が付いているせいで勘違いしてしまいがちですが、原則は一部のデザイナーが勝手に作るものではありません。Facebook は「人々に共有するための力を提供し、オープンで繋がった世界を作り上げること」というミッションを掲げています。デザイン原則はそのミッションと密接に繋がっていますし、ミッションを製品やサービスを通して実現するには何が必要なのかを明文化しているわけです。
まとめ
デザイン原則を考えるということは、何かを作るという行為に対して「なぜ」を問いかけることに似ています。とても気難しく、面倒なことのように見えますが、感覚的なところを感覚的なままで放置しておくと、あとになって大きな誤解になることがあります。デザイン原則は成長期の企業、又は大企業には必要ですが、すべての組織で必要なものではありません。しかし小さなプロジェクトでも「私たちが大事にしていること」をステークホルダーと共有しておくことで、円滑な対話が生まれやすくなります。
言葉や価値観を合わせていくことで、次第に「自分は」といった主観的な議論から「私たちにとって」という周りを含めた話し合いができるようになるでしょう。