大量生成時代に不可欠なデザイナーの能力
技術進歩により、専門知識なしでも様々なデザインをたくさん生成できるようになった今、プロのデザイナーの価値は技術力を磨くところから少しシフトし始めています。
技術の進歩により、私たちの仕事は少しずつ楽になっています。一方、以前は必須だったスキルがなくても成果物を作れるなど、価値観を変えるような変化も見られます。例えば、デスクトップパブリッシング(DTP)では、デザインが印刷物に適切に反映されるよう、商業印刷の複雑な仕組みを理解することが必須でした。また、大容量ファイルの管理をきちんとしなければ、印刷することすらできませんでした。もちろん、今でもそうした知識やスキルが活かされるシーンはありますが、Affinity Publisherなどのアプリを使えば、iPadさえあればデザインでます。また、Canvaのようなサービスを使えば、アプリさえ必要なく、良さげなデザインも容易に作れます。
DTPに限ったことではありませんが、知識やスキルの敷居が下がると、より多くの人々が参加し、試すことができるようになります。私がwebデザインを始めた頃は、HTMLやCSSをハンドコーディングするのが必須でしたが、今ではSTUDIOのようなノーコードツールでwebサイトが作れるようになりました。その結果、多くの人がwebサイトを作ったり、様々な表現を手軽に楽しめるようになっています。
技術の進歩により、かつては専門家だけしか作れなかった成果物が、一般の方でも似たようなものを作れるようになってきています。生成AIの進歩により、専門知識がなくてもできる表現の幅はさらに広がりました。プロフェッショナルの仕事がなくなるとは思えませんが、「プロになるには技術力を磨く」という従来の考え方から少しシフトが必要かもしれません。時と場合に応じて道具を使い分けたり、ワークフローに合うよう細かなチューニングをする能力はプロならではのスキルです。しかし、多くの成果物を短時間で作れるようになった今、別の側面で「プロらしさ」を追求する必要があるでしょう。
技術的なスキルが自動化されつつある中で、デザイナーの価値は審美眼や判断力、つまり良いテイストを持つことにあります。たとえプロンプトを駆使して多くのデザインを生成できても、良いテイストがなければ、どれが良いか適切な判断はできません。「テイスト」という言葉は非常に感覚的に聞こえますが、客観的に「良いテイスト」を説明できることが今後さらに重要になるはずです。
誰でもデザインを作って評価できる時代ですから、「君のテイストは悪い」といった主張は他者を排除する口実に聞こえるだけでなく、エリート主義にも思われかねません。事業のニーズ、ブランドメッセージ、市場の動向、文化や歴史的背景の理解によって、選別するためのテイストを養うことができますし、感覚的な意見よりも説得力があります。数値で表れる成果だけで判断せず、文脈と組み合わせた思考と理解が感情的なつながりを生み出すのだと思います。
デザインのテイストを養う手段は幾つかあります。
- 専門分野以外の様々なデザイン分野の作品に触れる
- 美術館や展示会に足を運ぶ
- 異なる文化や時代のデザインについて知る
- デザイン書籍やオンラインリソースを積極的に活用する
- デザインの成功例と失敗例を比較し、その背景を理解する
- アプリやwebサイトを触れて、なぜそれが効果的なのか明文化する
- ターゲットユーザーの需要、行動、文化的背景について知る
- デザイン四原則がどのように応用されているかを実例を観察する
- サステナビリティや倫理など現代の重要課題とデザインの関係を理解する
いつの時代でもデザイナーとして良いテイストを持つことは重要ですが、多くのものが生成される時代では、良いものを選べる力がより一層重要になります。良いデザインであると感じる要因はどこにあるのでしょうか。利用者のニーズへの応え方、使用性やアクセシビリティの配慮、あるいはビジュアル言語を駆使した手法かもしれません。私たちが考える「クオリティ」の意味を分解し、明文化することでデザインのテイストが少しずつ養われるはずです。