ゼロ・グラビティ

ゼロ・グラビティ

映画「Gravity (邦題 ゼロ・グラビティ)」のあらすじは、「事故に見舞われた宇宙飛行士が、無重力空間のなか、地球への帰還を試みる」というシンプルなもの。アクション映画と思って劇場へ向かった人もいるかもしれませんが、まったくそうではなかったと気付くと思います。

映画の設定もハリウッド映画ではあまり見ないものでした。登場人物はわずか 2 人(アポロ13 でも司令室に立っていたエド・ハリスが声で出演しています)。舞台もほぼ一カ所で、しかも文字通り何もない宇宙。無音を巧みにつかった演出。独立映画や実験映画でしか見られないような設定でありながも、ハリウッドのもつ最新技術を活用することで、今までにないストーリーテリングが生まれるということを証明した映画ともいえます。スーパーヒーローと、リメイクと、続編と、小説の映像化が多いなか、オリジナルストーリーだったという意味でもよかったです。

映画撮影術、特撮、音楽、演技など、語れるところは幾つもあります(IMAX 3D で観覧すると、違う体験を味わうことができます)。ただ今回レビューを書こうと思ったキッカケは、どれだけ凄い作りをした映画であったかという部分ではなく、この映画のメッセージ性に感銘を受けたからでした。

『グラビティ』から逃れられない

この映画は、他の映画ではなかなか味わうことができない恐怖があります。その恐怖とは、人間という小さな存在ではどうすることもできない、無力感から来ているのだと思います。圧倒的な存在のひとつが「無重力空間」でしたが、もうひとつは「死」です。逃げられない、変えられない、自分の思い通りにはいかないという点でこの 2 つは似ていますが、言葉にも繋がりがあります。

題名にもなっている Gravity(重力)の語源は、ラテン語の Gravitās(重大な、深刻な)。その Gravitās の同義語に Grave があります。そして、Grave は「墓」を意味する Grave に繋がります。墓(死)から逃れようとしても、我々はその場所へゆっくりと引き込まれています。(こうしてみると、邦題に加えられた『ゼロ』の無意味さが引き立ちますね)

Gravity から Grave へ

いつ死ぬか分からないという極限な状態を描いている本作ですが、それだけが「死」を象徴しているわけではありません。サンドラ・ブロックが演じる主人公のライアン博士は「死」と共に生きていたといっても過言ではありませんし、過剰なほどに悲惨な死に方をしている宇宙飛行士の映像は、死の醜さや恐怖を物語っていたと思います。

gravity-sandoraサナギから蝶への生まれ変わりを連想させるシーン

しかし、この映画は逃れられない恐怖を描いているだけでなく、「死」の対極である「生」にも深く入り込んでいます。特に最後のシーンは、「再生」を連想させましたし、死は必ずやってくると分かっていても生きていくという力強さを感じました。しかし、生涯孤独な人生を歩んできたライアン博士は、死と隣り合わせの体験を通して、なぜ最終的に「生きる」ことを選んだのでしょうか。ヒントになるような要素は幾つかありますが、答えは映画を見たひとりひとりに委ねられているのかもしれません。

映画の視点の変化

登場人物が描かれているシーンが少なかったのにも関わらず、主人公のライアン博士に感情移入しやすかった理由は、巧みな映像表現にあります。まるで FPS(ファーストパーソン・シューティングゲーム)と錯覚するような、主人公と同じ視点を見ているシーンや、邪魔が少ないミニマムな映像体験が感情移入を助長したのでしょう。

監督のアルフォンソ・キュアロンは、カットがない長いシーンを撮ることで有名で、前作の「Children of Men(トゥモローワールド)」でも存分に味わうことができます。客観的な視点からみたシーンかと思えば、誰かの視点と同じになり、また客観的になる … といった「Gravity」でも見た映像をみることができます。カットを増やしてスピード感や臨場感を引き立てる場合がありますが、カットを省くことでしかできない緊張感が生まれるのが分かります。(以下の映像はネタバレがあるので注意)

ここ数年の映画は、誰かがハンディカムで撮ったかのような揺れの多い「Shaky Cam」が主流でした。ドキュメンタリーっぽくなるので、よりリアリティが増すのが魅力ですが、欠点もあります。観覧者は何を見ているのか把握することが出来ないだけでなく、激しい揺れで誤摩化されているような気持ちになります。アクションが多い映画だと、どうしても Shaky Cam が多くなりがちですが、緻密なプランを練ったシーンを、しっかりとカメラを構えて撮影されたシーンが多い「Gravity」は新鮮でした。シーンがよく見えるからこそ、見ている観客にも伝わりやすかったのかもしれません。

カメラから世界を覗くというのが、映画のもつ表現でしたが、本作のように登場人物と同化するものもでてきています。多少、ゲームの影響を受けているのかなとふと思いました。

Yasuhisa Hasegawa

Yasuhisa Hasegawa

Web やアプリのデザインを専門しているデザイナー。現在は組織でより良いデザインができるようプロセスや仕組の改善に力を入れています。ブログやポッドキャストなどのコンテンツ配信や講師業もしています。