目新しさが解決にならない瞬間
シーズン1 エピソード13より
私のお気に入り番組のひとつである MAD MEN で特に印象に残っているのが、スライド映写機の広告キャンペーンをプレゼンするときのシーン。最新の技術を駆使して作り上げられた映写機ですが、どう売ればいいのか頭を悩ませていたコダックに、主人公のドン・ドレイパーが異なる視点で映写機の意味を問いかけます。
今はどの分野でも技術先行になりがちです。それはアメリカの高度成長期だった 50〜60 年代も同じだったのかもしれません。最新の技術や目新しさが必要と思われがちですが、本当に必要なのは製品(サービス)との個人的なつながりだと思います。
もう 10 年近く前ですが、映画監督 Spike Jonze が IKEA のためにつくったコマーシャルは、人と製品にある特別な繋がりをうまく描写していることで話題になりました。他人には分からないかもしれない。けど、そこにある関係を大切にしたいという想いは誰でもあると思います。
ドン・ドレイパーが映写機を『回転木馬(カルーセル)』と名付けたのも、実装されている技術を伝えるのではなく、この製品を使うことによって取り戻せる何かがあると訴えかけたかったからかもしれません。
私たちは過去を誇張して捉えることがあります。 「あの頃はよかった」と。
同じ時期に辛いこともあったとしても、良かったと思えることがあります。映写機は単なるスライドを表示する製品から、大切な過去に再び戻ることができるものへ変身したわけです。技術によって「できる機能」を伝えたのではなく、「なれる自分」を伝えたのが、ドン・ドレイパーのプレゼンテーションが多くの人の心を揺さぶった大きな要因でしょう。
私の仕事は広告ではありませんし、どちらかというと映写機を作る側にいると思います。しかし、製品を通して人のストーリーを増幅させたドン・ドレイパーの伝え方は共感をもてます。作り手(または配信者側)にとって良いと思う価値をそのまま伝えても理解されないことがあります。技術やデザインを使う人の価値に変換させて伝えることは、常に考え続けなければならない課題です。