デザインの質を精神論で閉じ込めたくない

デザインが社会に影響を与えるものであるなら、魔法を殺すような方法ではなく、デザイナーが自分たちの仕事の効果に責任を持てるような方法が必要です。

デザインの質を精神論で閉じ込めたくない

ジョニー・アイブ氏が2025年の5月のインタビューで語った言葉がデザイナーの間では話題になりました。彼は、コストやスピード、スケジュールなど測定可能なものだけが重視され、ケアや喜び、楽しさといった無形の質が軽視される現状を「静かに蝕む嘘 “insidious lie”」と語りました。

多くのデザイナーは、この指摘に深く頷いたと思います。日々の業務で「なぜこのデザインが良いのか数値で説明できますか?」と問われることもありますし、言葉にしづらい価値を説明することはある種のこじつけに感じられます。

これに対するアイブ氏の回答は、どこか物足りなさを感じます。彼が提案する解決策は、チームの信頼関係を築き、お互いのために何かを作り、細部に愛情を注ぐといった儀式的なアプローチかつ精神論ようにも聞こえます。これらの実践は確かに意味がありますが、権威や文化に大きく依存していて、体系的にデザインの質を組織の意思決定に組み込む方法としては限界があります。

すべてを計測しようとする現状を良いと思えない一方、彼の言葉を手放しで称賛できないと思います。

今のデザインを見回すと、質を評価する方法が二つの極端に分かれてしまっています。

一方は完全な定量化です。すべての決定をメトリクス、実験、最適化で判断し、デザイナーの裁量はA/Bテストで勝利した選択肢に限定されます。「ユーザーの離脱率が2%改善しました」という数値が、デザインの良し悪しを決める唯一の基準になってしまうことがあります。

もう一方はデザインの神秘化です。デザインの質は測定不可能で、どこか神聖なものとして扱われ、適切な感性やスキルを持つ人だけがアクセスできるものとされます。「これは感覚的なものなので説明できません」「質にこだわる姿勢を大事にしよう」といった具合に、説明責任を回避する盾として使われることもあります。

どちらのアプローチも、最終的にはデザインを傷つけていると思います。純粋な定量化は人間を最適化のターゲットに還元し、純粋な神秘化はデザインを聖職者の領域に押し込め、権威に基づく判断を正当化しつつ説明責任を避けることになります。

アイブ氏が測定不可能なものを擁護する視点は重要です。デザインの質には、分析に抗う要素が実際に存在します。素材の手触り、インターフェースのユーモア、小さなパッケージの細部に込められた配慮。これらの体験は、スプレッドシートで記録したり証明することはできません。そして、そういった計測できないものが人々の心を動かします。

私たちがプロダクトを使うとき、機能的な満足だけでなく、「なんとなく心地よい」「使っていて楽しい」といった感情的な体験を求めていることがあります。これは数値では表現しきれない価値です。

だからといって、そこで停止するのも良くありません。「質は説明できない」という前提から、デザイナーには特別な判断力とスキルが必要だと権威の正当化ができる。しかし、いざ具体的な説明を求められると、ビジョンやパーパスといった抽象的な概念に逃げ込んで説明責任を回避する。この論理の矛盾により、デザイナーが組織内で「理解されない専門家」として他の職種とは異なる特別な地位を占めてしまうという歪みが生まれる可能性があります。

アイブ氏の議論から抜け落ちているもの、そして業界全体の議論から抜け落ちているものは、中間のアプローチです。説明できない要素を盾として使わずに大切にする方法。デザインの魔法を生かしつつ、それを組織的な推論の一部にする方法です。

アイブ氏の「当時は、私たちは人類に奉仕する存在だという強い目的意識があった」「私の仕事は道具をつくることであり、その目的は人々の可能性を広げ、鼓舞することだ」という言葉はデザイナーであれば刺さったと思います。しかし、もしそれが真実なら、デザイナーは個人的な権威だけに頼って「質が大事」と語ることはできないはずです。質を業界内の賞や同業者からの認知によってのみ検証される自己言及的な概念にしてしまうこともできないと思います。

デザインが社会に影響を与えるものであるなら、質は議論され、明文化され、テストされるものでなければなりません。魔法を殺すような方法ではなく、デザイナーが自分たちの仕事の効果に責任を持てるような方法で、です。

デザインの質についての議論は、定量化か神秘化で終わるべきではありません。むしろ、この二つの緊張関係から始まり、最も大切なことについて推論できる仕組みを構築するべきです。それが完璧に測定できないものであったとしても。

Yasuhisa Hasegawa

Yasuhisa Hasegawa

Web やアプリのデザインを専門しているデザイナー。現在は組織でより良いデザインができるようプロセスや仕組の改善に力を入れています。ブログやポッドキャストなどのコンテンツ配信や講師業もしています。