デザインの仕事と価値提供が変わる理由
「人が関わるからこそ意味があるものは何か」という問いに明確に答えられないままでは、感情論に聞こえてしまうことが問題です。
1980年代のDTP(デスクトップパブリッシング)は、デザイン業界に大きな変革をもたらしました。PageMakerやQuarkXPressといった直感的に操作できる専用ソフトウェアの登場により、長期間の専門的な技術習得が必要だったデザイン作業が、誰でも手軽に行えるものへと変わりました。
しかし、デザインの専門家の中には、DTPによるデザインの民主化を歓迎しない人もおり、それを専門技術や生計への脅威と捉える意見もありました。また、基本的なデザイン原則を無視した素人的なレイアウトが氾濫する状況も生まれました。当時、「デザインの質が低下する」「職人の業が軽視され、価格競争が激化する」といった反応が見られましたが、これらは現在のノーコードツールや生成AIによる変革への反応と共通する部分があると思います。
現在では、WebflowやCanvaといったツールにより、手軽にデザインを作れるようになっていますが、似たような状況は過去にもありました。たとえば、DreamweaverのようなWYSIWYGツールで簡単に制作できるようになった時や、高機能なWordPressテンプレートが数多く普及した際にも、質の低下を危惧する声や、従来の作り方が正しいという主張が見られました。こうした変化に柔軟に対応し、新たな価値を生み出した企業や個人がある一方で、適応できずに衰退していった例も見られます。
DTPによる変化やその後の進化と、現在のノーコードツールや生成AIによる変革には共通点があります。しかし、現代の変革は、それらを超えてさらに根本的な変化をもたらしています。従来は、デザイナーのビジョンを形にするための方法、つまり組版やレイアウトといった技術的な作業の自動化や効率化に焦点が当てられていました。一方、現在のAIツールは創造的な判断や考え方そのものにまで影響を及ぼしている点で大きく異なっています。
「質が低い」「無難なものしか作れない」という声は、過去の技術革新の際にも聞かれました。確かに、創造的な意思決定は人間ならではの役割かもしれません。しかし、2023年12月に執筆した「AIでデザイナーの働き方は既に変わったと思う」という記事を書いた当時と比べても、AIが生み出す表現の幅は大きく広がっています。果たして「人にしかできないことがある」と言い続けられるのは、あとどれくらいの期間なのでしょうか。
デザインにおいて「人にしかできないことがない」と言っているわけではありません。ただ、「人が関わるからこそ意味があるものは何か」という問いに明確に答えられないままでは、感情論に聞こえてしまうことが問題です。このままだと、過去の技術革新の際に起こった衰退と同じ道を辿る可能性があります。一方で、自分の働き方や価値の見出し方を改めて考え、それを実践した人たちは「新しいタイプのデザイナー」へと進化していったのだと思います。
ただ、先述したように、現在起きている変化は単なる作業の自動化や効率化を超えたものであり、これまでのデザイナーの仕事の枠組みそのものが大きく変化する可能性があります(ズラしたりリレーミングしたりする形で)。この答えは、置かれた環境や周囲からの期待によって異なってくるでしょう。例えば、人によってはファシリテーターのような役割を担うこともあれば、特定の領域における深い知識と直感を活かして精密な設計を行うこともあるでしょう。また、従来にはなかった挑戦的なデザインを生み出し続けるという立ち回りも考えられます。
クライアントやステークホルダーが求めているのは、具体的な成果です。たとえば、Webサイトがユーザーを獲得できているか、アプリが継続的に利用されているか、プラットフォームがビジネス目標を達成しているかといった結果に注目しています。そして、その成果を生み出すプロセスが、手作業で丁寧に作り込まれたものであろうと、AIによって生成されたものであろうと、大きな問題にはならないことがほとんどです(丁寧に人が作ることが成果に直結すると評価されている場合は別ですが)。
この視点に立ったとき、私たちデザイナーがすべきことは何でしょうか。それは、おそらくこれまでのデザインの価値観を守り抜くことではないのかもしれません。