認知の理解で変わるプレゼンスライドのデザイン
見やすいだけでは足りないスライドデザイン
プレゼンテーションのスライドは読みやすく、できれば見た目も良くしたいと考える方は少なくないと思います。私もデザイナーの端くれですから、見た目の良いスライドを作ろうとしますが、読みやすい・見やすいのと、伝わることが完全にイコールとは言えません。読みやすい・見やすいプレゼンは、そのときは良かったと思えるものでも、思い出してもらえない場合があります。
SlideShare や Speaker Deck でスライドの共有がしやすくなったことで、スライドを見たら分かるようにすること、共有しやすいコンテンツに仕上げることを意識する方が増えました。しかし、スライドを読めば分かるようにしてしまうと登壇者がわざわざ話す必要性がなくなりますし、来場した方にその場でしか味わえない価値が提供できない場合があります。時間とお金をつかって来場している方に何かを残せないままでは、SlideShare でたくさん共有されたとしても、プレゼンテーションとしては失敗していると思います。
では、漠然とした印象さえ残すことができれば良いのかというと、そうでもありません。私の場合、昔から写真やグラフィックを大きくつかったスライドをデザインすることが多く、来場者に「綺麗なスライドですね」と言われることがよくありました。それは嬉しい反応ではありますが、肝心の内容は思い出してもらえないことがしばしばありました。魅せるという意味でのプレゼンテーションはうまくいっていましたが、何かを伝えるためのプレゼンテーションとしては失敗していたと思います。
しかし、そうした状況も変わり始めています。最近では 1, 2 年前にしたプレゼンテーションを思い出していただけることが増えましたし、抽象的な内容でも「理解できた」という評価をいただくようになりました。
話の構成を工夫していることもありますが、スライドの作り方にも変化があります。人がどのように視覚情報を認知するかを知ることで、スライドが情報伝達のためのツールではなく、印象を残すためのツールに生まれ変わります。
忘れるからこそトリガーを含める
イギリスの心理学者リチャード・グレゴリーの研究によると、人が視覚的に受け取った情報は、脳へ伝達される前に 90% 失われてしまうそうです。つまり、スライドに表示されている情報のほとんどは、聞き手の記憶に残らないと言えます。プレゼンテーションの場合、登壇者の話に耳を傾けつつ、スライドを見ているわけですから、記憶に残らないのは当然かもしれません。
では、聞き手はスライドのことは何も思い出せないのかというと、そんなことはありません。グレゴリー氏によると、視覚情報は 90 % 失われてしまうものの、それを補うために過去の知識や経験、物事への期待が、受け取った情報の理解に役立つそうです。私たちは見ているものをそのまま認知しているのではなく、過去にあったことを組み合わせて認知しているわけです。
詳しくは「脳と視覚―グレゴリーの視覚心理学」を読んでいただきたいですが、グレゴリー氏の理論をスライドデザインに当てはめると以下のようなことが言えると思います。
- 多くの情報を詰め込んだスライドは資料として参照しやすくなるものの、記憶として残りにくくなる
- 聞き手にどのようなことが期待できるのかを早期に伝えておく
- たくさんの情報が処理できないため、キーワードとそれを思い出してもらえるためのビジュアルを加える
- スライドの情報は、聞き手の記憶や経験と繋がりがもてるような言葉やビジュアルを用意して思い出しやすくする
これは昨年 12 月に開催された CSS Nite Shift9でおこなったプレゼンテーションの冒頭に使ったスライドです。
以下が、スライドが表示されている間に話した内容です。
今年は、デザイナーとして、制作者としてとても興味深い 1 年でした。皆さんもまだ覚えていると思います。デザインに関わるこの言葉(パクリ)」がメディアで多く取り上げられました。
「パクる」
この言葉はメディアが取り上げる前から、私たちの中でよく考える課題です。もちろん著作権の知識はある程度もって仕事をするべきですし、モラルというのも重要でしょう。「パクる」という言葉はネガティブな印象が付きまといますが、クリエイティビティの原動力でもあります。むしろ素晴らしいアーティストはパクる達人でもあります。
来場者にデザイナーが多い会場だったことから、「パクる」という一言には大きなインパクトがあります。この言葉から、日々の仕事はもちろん、クライアントや同僚とのやりとりを思い出す方はいたと思います。私が話した言葉をすべて思い出すことはなくても、ここで「パクる」という言葉がプレゼンテーションで大きなテーマだったことは思い出してくれるはずです。台詞だけではなく、キーワードが大きく書かれているので何を記憶すれば良いのかも明確ですし、自身との記憶とも関連付けしやすいです。
プレゼンの冒頭で「パクる」という言葉を大きく取り上げることで、これから続く内容への期待値の設定にも役立ちます。しかしネガティブな印象をもつこの言葉だけでは、プレゼンはネガティブな内容ではないかと考えるかもしれません。そこで、「クリエイティビティ」というデザイナーが好む言葉を添えることで、興味を引いてもらうようにしました。関係ないように思える言葉を並べることで「実際どうなんだろう」と耳を傾けてもらえると考えたからです。
たくさん聞いてほしいことはありますが、思い出してもらいたい 2 つのキーワードを明確にすることで、聞き手は何に耳を傾ければ良いのか分かりやすくなります。また、日々の仕事であったシーンと結びつけやすい言葉やビジュアルは、プレゼンが終わったあとでも思い出しやすくなります。
まとめ
話し手はプレゼンの内容を熟知していることから、聞き手がどれくらい情報を認知できるかを見誤ることがあります。エッセンスだけ残るように削ぎ落としたとしても、脳へ伝達される情報はほんのわずかです。
スライドのデザインをなんとなくカッコよくすることは難しくありません。しかし、それだけでは「なんか見た目が良かった」というイメージしか残らず、結局何が言いたかったのか伝わらない恐れがあります。だからといって、情報を伝えるだけでは、わざわざプレゼンテーションをする意味は薄れると思います。情報を伝えるだけでなく、「あのとき、あの人が言っていたよね」と思い出してもらえるようにするには、人がどうのように視覚情報を認知しているのかを知ることが大切です。