スーパーサイズ・ミー』で知られているモーガン・スパーロックのドキュメンタリー映画。毎回おもしろい視点でドキュメンタリーをつくっていますが、今回は広告やプロダクト・プレイスメントがテーマ。プロダクト・プレイスメントとはテレビ番組や映画の中で企業の商品を登場させる宣伝広告の方法。シーンに何気なく登場する製品は実は宣伝のため・・・ということはよくあることですが、このドキュメンタリー映画自体もプロダクト・プレイスメントで作られています。実践しながら題材について語るというメタ視点な映画です。

映画に携わる人たちは映画のことを「Movie Business(映画ビジネス)」と呼ぶことがありますが、スポンサーなしで作られている映画はごくわずかといって良いほど映画はビジネスと化しています。巨額な資金が必要な映画であるが故に、企業の関与が必要となる場合が多いのでしょう。プロダクト・プレイスメントもさりげないものから、明らかに CM のようなものまで様々。時には脚本にも影響を与えるほどの力をもつ場合があります。

ブランド・パーソナリティを構築し、徐々にスポンサーを集めるところから広告と映画の関係を描いています。徐々にスポンサーを増やして資金を増やすことに成功するものの、次第に自分のクリエイティブコントロールを失い、どのように進めて行けば良いのか頭を悩ませる本人の姿が映し出されます。

印象的なのが、劇中に流す CM のアイデアをスポンサーに幾つか提案するもののすべての没にされ、逆にスポンサーから提案が挙るシーン。映画を作るには欠かせない資金。しかし、作りたい映画を作れるかどうかは分からない。映画を作るとは一体どういう意味なのかが問われます。本編には J.J. エイブラムやクエンティン・タランティーノなど著名な監督のコメントも紹介されており、彼等が考えるスポンサーと映画の関係が語られています。

今や眠る以外、広告から逃れることが出来なくなった私たちの生活。アートやエンターテイメントの世界にも広告が浸食していますし、我々が意識しないレベルで広告は私たちの脳へメッセージを送り続けています。常にメッセージを送り続けなければあっという間に忘れ去られるわけですから、広告主も大変です。星の数ほど広告がある社会に住む私たち。今後、さらに巧妙なかたちで広告は私たちの身の回りに溶け込んでいくでしょう。それが私たちのライフスタイルや考え方にどう影響するのでしょうか。それは社会にとって、ヒトとして、良いことなのでしょうか。考えさせられます。

メタ視点で描かれたドキュメンタリー映画という意味ではおもしろかったのですが、メタな映画作りを通した故に題材に深く切り込めなかったという印象がありました。ひとつのエンターテイメントとしてではなく、深く広告やブランディングについて知りたいのであれば、別の映画や書籍を読んだほうが良いかもしれません。