WebやUIのデザインをしてみたい学生へ

WebやUIのデザインをしてみたい学生へ

学生だからこそ、教科書通りの『賢い成果物』を作るのではなく、ノリでいろいろ試 していってほしいです。

2026年5月15日に開催された Design Node Vol.1 AI時代、デザインはどう再配置される? というイベントで、「美大や専門学校でデザインを学ぶ学生たちに今伝えたいことは?」という質問をいただきました。誰も答えをもっていないなか、AIによって働き方が変わる、仕事が減るといった漠然とした不安だけが漂う今日この頃。アドバイスでよく耳にするのは「人間性を大切に」「感性を磨け」「自分の意思を持て」「問いを立てよ」といった言葉です。どれも間違っていないですが、どうしても精神論に聞こえてしまいます。学生もこういう言葉は聞き飽きているでしょうし、具体的に何をしたら良いか分かず宙に浮いているような感覚があるかもしれません。

「問いを立てよ」といったアドバイスも、ただ問いを考えれば良わけではありません。「自分の意思を持て」も同じで、意思を持つとは具体的にどういうことなのかが分からないです。抽象的なアドバイスはたいてい、具体的な最初の一歩が見えないものが多いです。では、何をすれば良いのでしょうか。

指示に対して出力するだけなら

学校では、先生から課題に受け取り、講評で受けたフィードバックをもとに直して、改善案を提出を繰り返すという反復学習をします。デザインはただノウハウを覚えれば上達するわけではありません。何度も繰り返すことで知識が身体に染み付き、デザインの筋力になります。

反復的学習は必要とはいえ、課題が出され、評価が返ってくる、それに応えて直すというループは、「与えられた指示や評価に対して最善を尽くす」という受け方も身についてしまいます。 実はこの指示に対して最善を尽くすという姿勢を社会に出てからも続けていると、だんだん「手を動かすだけの人」へとなっていきます。 もちろん以前であれば、指示通りにアウトプットができる人は重宝されていましたが、今はそうではなくなってきています。

指示通りに動くだけなら、AIや自動化のワークフローで容易に実行できるようになってきています。また、人に頼まなくても出力できるという手軽さから、わざわざデザイナーに頼むことを躊躇する人すら出てくると思います。 デザイナーが考えるクオリティには達していない。だからレビューが必要であるという論調は間違ってはいません。ただ、そのクオリティというものが一体何なのでしょうか。

学校でのフィードバックが「ちょっと違う」「わかりにくい」「使いにくい」といった感覚的な評価だけにとどまると、社会に出て問題が生じます。デザイナーが考えるクオリティには感覚以外の側面もあるにもかかわらず、それを伝えるボキャブラリが不足しているため周囲に理解されなくなります。

デザインはすべて言葉で説明できるものではありません。しかし、それを理由に何も言葉で伝えなくてよいわけではありません。 「ユーザーにとって分かりにくい」と論理的に説明しているようで、実際には何も伝わっていない典型的な表現です。こうした感覚的な言葉で留めていると、本人が自分の目で確認することなり、周りから少しずつ取り残される可能性があります。

何か作って、世に出す

では、何をしたら良いのかは実はシンプルで、「作る」「公開する」です。

指示を待ってから作るのではなく、自分が欲しいものや観察から得た気づきを自分で形にすることが、これまで以上に重要になっています。問いを立てて課題を明確にし、解決策をじっくり設計することが有益な場面はあります。しかし今は思いついたことを即興で形にし、SNSなどで公開することが大切だと考えています。このとき、AI は脅威から武器へと変わります。

AIによって広がる素材に触れるデザイン
AIを、自分の仕事の成果物を代わりに作ってもらうツールと考えるのではなく、自分の仕事の幅を広げるための道具として捉えてみるとどうでしょうか。

作り続ける反復の中で、自分がデザインの何を学ぶべきかを見つけられます。 また、感覚的な部分のなかから言葉で説明できる部分も見えてきます。ただし注意点があります。SNSでは「いいね」や閲覧数に気を取られがちで、デザインを鍛える本来の学びが損なわれることがあります。公開する敷居の低さで SNS を選ぶのは良いですが、可能であればクリックやスクロール、PV のような解析ツールを通して人の動きを仮説検証できる場がオススメです。

人見知りでない相手から、自分が作ったものに対する率直な反応を得る機会は少ないです。学校だけでなく職場でも同様で、特に指示に従って作るだけだと、その機会がさらに減ります。つまり、反復して学ぶ場面自体が不足しているわけです。

また、指示されたフィードバックをもとに修正するだけだと、なぜこの改善が必要なのかという疑問も生まれることなく作ってしまうこともあると思います。 そこが自分で作ったものを公開することによって、少し見え方が変わっていきます。

例えば「これを見た人は〇〇すると思う」と仮説して公開してみると、その通りの行動をしてくれないといったシーンに出くわすはずです。 そうすると、なぜこのような行動をしたんだろうかといった疑問も新たに生まれ、改善へのヒントも自発的に見つけることができるようになっていきます。 こうした行動が見えるようにするためにも、解析ツールを使うことができる環境で公開した方が良いですが、使った人に率直に質問をしてみるというだけでも良いと思います。

相手の言葉に注目し、それを裏付けるデータを確認することで、デザインがどのように形成されているかに気づけます。 その過程で、デザインを説明するボキャブラリも少しずつ増えていきます。

随分昔の話ですが、自分のサイトを自作CMSで公開し、解析データを基に細かく改善を何年か続けていました。その過程で、デザインだけでなくマーケティングや認知学、ビジネスへと関心を広げた経験があります。 誰かにビジネスのことを知るのは重要であるといった指示(アドバイス)を受けたのではなく、反復学習しながら作ったものを公開し続けることで自然と広がっていきました。

体系化された知識を学び、それをもとに実践する学び方も一つの形です。しかし、AIのように正解がまだなく模索段階にある領域では、体系化の方法自体が存在しません。そんな時期には、正しいツールや最適なワークフローを学ぼうとするより、まず自分で手を動かしてみることが有効です。作ったものに対する周囲の反応を見ながら、その都度何をすべきかを見つけ出す活動は、遠回りに見えて実は近道です。 また、こうした活動を続けることが、与えらえた指示に基づて作る癖をほぐしてくれます。

学生だからこそ、教科書通りの『賢い成果物』を作るのではなく、ノリでいろいろ試 していってほしいです。

Yasuhisa Hasegawa

Yasuhisa Hasegawa

Web やアプリのデザインを専門しているデザイナー。現在は組織でより良いデザインができるようプロセスや仕組の改善に力を入れています。ブログやポッドキャストなどのコンテンツ配信や講師業もしています。