A camel is a horse designed by committee. (ラクダとは委員会によって設計された馬である)

Alec Issigonis

らくださんがかわいそうですが、いろいろなアイデアを盛り込むことで結果的に何がなんだか分からない不細工なものが出来てしまうという意味が込められています。「We just made a camel(らくだをつくってしまった)」という表現を使う場合がありますが、語源は上記の格言になります。デザインの決定権をもっている人がたくさんいて、彼等の意見をすべて取り入れてしまうことで最初のビジョンとはかけ離れたものになってしまう・・・なんとも人ごとではないシナリオです。

以前「デザインが失敗してしまう理由」でもデザインをしない方や知識のない方が決定権をもつことが失敗に繋がると紹介しました。プロジェクトに携わっているのであれば誰でも言いたいことはあります。それはクライアントだけではなく、プロジェクトマネージャからマークアップする人すべてです。関わる人が増えれば増えるほど意見を言う人は増えてきますし、次第にデザイナーの力は弱まりデザインは構築工程の後付けになることもあります。決定権をもつ方が複数人いる委員会が存在すると、たとえデザイナーや開発者のスキルが高くてもうまくいきません。

新しい一時停止の標識を設計しようとするのですが、クライアントの気まぐれな要望を次々に取り入れて結果的に破壊的な標識が完成するというショートストーリー。

らくだの設計を避けるための絶対的なノウハウはありません。関わるプロジェクトの構造や政治的な関係が委員会による設計をつくりだしているのかもしれません。しかし、複数人が決定権をもっていることが悪いこととは言いきれません。

例えば IDEO では、様々な専門知識をもつ方がチームとなってソリューションを模索することで知られています。IDEO は最高峰のデザイン事務所なので可能なのだと考える方もいるかもしれませんが、らくだを設計してしまう委員会と大きく違うのは、彼等はチームとしてコミュニケーションをとることに長けているのだと思います。アイデアを出しないながら次第にひとつの答えを導き出すためのプロセスを身につけているのでしょう。委員会とおなじようにメンバーそれぞれが決定権をもっているという点では同じですが、導き出すためのプロセスと出す解答がひとつという点が異なります。

Steve Jobs のような『独裁者』がいればキーボードもテンキーもないとんでもないスマートフォンをデザインし、人々のライフスタイルに大きな影響力を与えることが出来るかもしれません。しかし、そんなことはまずありえません。ふたり以上で作るのであれば委員会になってしまう可能性はあるわけです。たとえ IDEO のようなクリエイティブなチームをつくることが出来ないとしても、それぞれが意見を出して話し合うことは出来るはずです。「はい、分かりました」で終わるのではなく、なぜそうするべきなのか、他の案はないか、今本当に必要なのかを話し合う機会が必要です。

「話し合い / ディスカッション」とは、プロセスです。どちらかの勝ち負け (正しい・間違い) を決めるためにディスカッションをするわけではありません。話し合いを通して初めてお互いの視点が理解できることがありますし、そこから生まれる答えは話し合いのプロセスを通してなければありえないでしょう。たとえ、話し合う前に出ていた意見と同じという結果になったとしても、話し合いのプロセス前後では納得度が違うはずです。

委員会による設計の一番の問題は「すべての人のアイデアは平等である」というありもしない前提があるからでしょう。デザインとは決断力だと思います。多くのものを削がなければいけないでしょうし、そのときに多少の『痛み』もあるかもしれません。アイデアを平等に扱わず、プライオリティ付けして考えるようにすることが委員会による設計を避けるための第一歩なのかもしれません。

・・・とはいってもラクダの見た目は好きですけどねぇ。

【参考】Wikipedia: Design by committee

Photo is taken by Giorgio Montersino