改めてWebサイトの品質について考える
制作における品質とは?
Webサイトにおける品質(クオリティ)とはどういう意味でしょうか。
制作者であれば同じように捉えているかのようにみえる言葉ですが、大きく 2 つの見方があると思います。ひとつは、様々な状況に堪えられるように必要最低限の見た目と操作性を保証するという意味での品質。もうひとつは、与えられた状況の中で最高の見た目と操作性を実現するという意味での品質です。どちらも「品質」という言葉で表現できるものの、見ている方向は大きく異なります。
品質に対する捉え方の違いを考える上で スターバックスの日本サイトと、米国サイトは良い比較になります。いずれもレスポンシブ Web サイトですが、スマートフォンとデスクトップで見た目を大きく変えている日本サイトに対して、米国のアプローチは極めてシンプルです。アイコンの使い方やグラフィックも日本語版のほうがバラエティに富んでいますし、ナビゲーションも深く掘れるものになっています。それに比べると、米国サイトは「殺風景」「パソコンだと物足りない」という評価をする人が現れるかもしれません。
しかし、米国サイトのほうが優れている点もあります。日本語サイトではトップページの容量は 4.6 MB あり、159 回のリクエストを要します。これは 4G 回線だとおよそ 9 秒以上かかる大きさです。それに対し、米国サイトは 1.8MB で 80 リクエストと半分にも満たないですし、4G 回線でも 5 秒で表示されます。特徴のある見た目ではないものの、どの大きさのデバイスでもそれなりの見た目を提供している点も米国サイトの良い点です。
こうした比較は SONY.jp と SONY.com でもすることができます。日本語サイトはカルーセルを実装したり、バラエティ豊かなグリッドレイアウトを採用しているのに対し、米国サイトは指でタップするだけで次の画面へ移動できる大ぶりな見た目になっています。米国サイトも 3.8MB と大きめですが、日本サイトは 8.6MB と大きく上回ります。これでもスマートフォンからのアクセスを想定したレスポンシブ Web サイトです。
いずれも見方によって『高い品質のサイト』と呼ぶことができます。日本サイトはスマートフォンでもパソコンでも最高の見た目と操作性を提供するために様々な演出や技術が盛り込まれています。一方、米国サイトは、デバイスの種類だけでなく、回線速度といった環境を考慮して、必要最低限のものを提供しようとしています。パッと見や、操作性、そして技術力を駆使して最適化を図っている日本のサイトも高品質と呼べるしょう。そして、どのような状況でも、たくさんの方に必要最低限のコンテンツへアクセスできることを保証するという米国版も、品質を高めるためのアプローチです。
地固めの価値と評価
上記の日本サイトのように「さらに上を目指すことが品質」「最上位の実装ができることがスキル」と考える方は少なくないと思います。たとえ制作現場がそう考えていなかったとしても、発注側が考える品質は『上を目指すこと』という場合があります。しかし、上ばかり見てしまって足元がガタガタになっているサイトは少なくありません。Web サイトにおける『足元』になるものは何でしょうか。
- 誰でも必要最低限の情報へアクセスできる
- 特定のデバイスや技術に依存しなくても使える
- 0.1 秒でも早く情報へアクセスすることができる
- 利用者の使い勝手に合わせて操作できる手段がある
例で紹介した米国サイトで見られるような、悪く表現すると殺風景な Web サイトは『上を目指す品質』ではなく『地を固める品質』を目指しているように見えます。表現に面白みはないかもしれませんが、多くのデバイスで早く情報へアクセスできるように工夫されています。日本のサイトは素晴らしい見た目が多いですし、技術力も半端ではありません。しかし上を目指すあまり、ある特定のデバイスで見たときのパフォーマンスが著しく悪くなるという結果をよんでいます。たとえ、スマホ専用サイトを作る場合でも見た目や機能を優先してパフォーマンスを落としていることがあります。
※リンク先で紹介しているサイトは Retina スクリーンに向けて高解像度の画像を提供する前のものです。
上記で紹介した Web サイトにおける『足元』を固めることは簡単なことではありませんし、技術やデザインだけでなく、コンテンツの根本的な見直しもしなければ実現できないところがあります。こうした見え難い部分が Web サイトだけでなく、それを使う人たちを支えているわけですが、専門家以外には分かり難いところです。だからこそ、分かりやすく「質のあるものを作っています」と伝えやすい見た目や機能を作りがちですが、そのシワ寄せが利用者へいっているわけです。
上を見なくて済む評価指標
制作者のなかには「さらに上を目指すことが品質」と強く考える方は少なくありません。ただそれは、周りからの評価が「いかに上を目指したか」という部分に集約されている可能性もあるわけです。例えば Web アクセシビリティの規格である JIS X 8341–3:2016 にしても、そこで書かれている最高の条件を満たさなければ制作者としてのスキル評価されないのではと、ついつい考えてしまう方もいると思います。
組織の中で、小さな勝利を体感できるようにするのも第一歩になります。
JIS にしても 「レベルA」「レベルAA」といった適合レベルが用意されているものの、「レベルAAA」まで行かないと高い品質と呼べないのではないかと懸念する制作者もいるかもしれません。簡単に実践できるアプローチはたくさん用意されているものの、どこまでやれば周りから「質の高い Web サイトを作る制作者」と見なされるのか明確ではありません。JIS だけに頼らず、組織の規模や価値観に合わせて評価するための仕組み作りを用意するべきです。しかし、独自の評価指標もないまま Web アクセシビリティを実践しようとすると、頑張れる人がやれる限り頑張るということになります。草の根活動としては良いですが、それではなかなか浸透しません。
まとめ
Web アクセシビリティだけではありませんが、技術者の中では「地固めをすることが品質」と考える方がたくさんいます。しかし、周りが同じように品質という言葉を捉えているとは限りません。また、「上を目指すモノ作り」というのもひとつの品質ですし、Web サイト制作ではそちらが品質の評価に繋がることがあります。つまり、品質への捉え方を合わせるだけでなく、その評価の仕方を整備しなければ、「地固めという見え難いものに時間を費やさなければならない」ということが理解できないでしょうし、周りも動いてくれないと思います。
見た目だけで判断しないようなデザインの評価をするといった働きかけを組織でする必要があるでしょうし、私たちデザイナーも見た目が派手で面白いからといって手放しで絶賛するのは時には避けるべきです。もっと面白い表現、もっと凄い技術、もっと便利な機能を積極的に取り入れることが、今の Web サイト制作における品質であるならば、そこを変えていくという働きかけは自分の仕事現場だけでなく、周りに対しても「それだけが品質ではない」という視点を出していく必要があるでしょう。