良い体験に繋がるちょっとした後押し

「良い体験を提供する」というフレーズに捕われ過ぎることで本当は感じてもらいたい良い体験が損なわれる可能性があります。体験を作ることを考えるのではなく、Nudge の考え方を用いて、ちょっとした後押しをしてあげると良いでしょう。

UXの話で必ずといっていいほど出て来る「良い体験を提供する」というフレーズ。もちろん、その良い体験は利用者の視点に立って定義させるわけですが、私たちは本当に私たちが設計した体験を提供するべきなのでしょうか。あまりに体験を提供する(作り上げる)ことを考え過ぎることで、利用者にとって窮屈な環境を作り出してしまう可能性があります。

体験を作り出して提供するべき分野は幾つかあります。例えば映画はシナリオ、サウンド、編集、撮影を駆使してひとつの体験を作り出し、それを視聴者に感じてもらいます。その体験に対するリアクションは様々ですが、提供される体験そのものは皆同じです。映画のようにシナリオが一本線で、提供する体験を制作者側が明確に定義できる場合、制作者が思い描く良い体験を提供することになるでしょう。

しかし、映画と同じように Web サイトを作るとしたらどうなるでしょう。ページフローは明確に定義され過ぎて自由がきかない。寄り道ができない、ミスが許されない、世界観を強要しているようなグラフィックなど。Web の場合シナリオは一本線でもありませんし、感情やリアクションという分かりやすい結果を引き出すための体験を定義することは難しいだけでなく、あまり体験という名の世界観をを作り出すことで、本当は感じてもらいたい良い体験が損なわれる可能性があります。

良い体験を提供するために有効な視点や手段はあるのでしょうか?

私は「Nudge」というフレーズが丁度良いのではないかと考えています。

関連書籍としてオススメなのが
Nudge: Improving Decisions About Health, Wealth, and Happiness」。「実践 行動経済学」という名で訳書も刊行されています。

「Nudge」は直訳すると「ひじでそっと突く」「軽く押す」という意味です。相手に「こうしてください」と提示するのではなく、相手に行動・思考してもらいたい方向へ進むよう、そっと微調整をする・・・それが「Nudge」の基本的な考え方です。実生活には、ちょっとした「Nudge」により考え方が視点が変わることがたくさんあります。例えば「ある病気で100人のうち10人が死んでいます」という表現と「ある病気では100人のうち90人が治癒されました」とでは印象がまったく違います。

Basecamp スクリーンショット

「Nudge」をインターフェイスで表現しているところも少なくありません。例えば、プロジェクト管理ツール Basecamp の料金表ページを見てみましょう。通常の料金表はどのプランもフラットに見せるテーブル表ですが、このページは大きく違います。Basecamp がターゲットにしている顧客にとってお得な料金プランがどれであるかを明確に示しています。また、プラン名だけでなく「For Small Groups (小さなグルーム向け)」といった具合に短くて分かりやすいタグラインがあるのも注目。プランを決めたらすぐに選択出来るようなボタンとラベリングも「Nudge」といえるでしょう。

シンプルの意味を探っている際にも話しましたが、シンプルにしても良い体験にしても利用者が結果的に感じた副産物です。つまり、私たちが「これがシンプルである」「これがあるべき良い体験である」と設計したものに対して利用者が反応しているというわけではないということです。良い体験というフレーズに捕われ過ぎることで、作り手しか理解出来ないデザインになる可能性があります。利用者の目的を達成させるための方法は幾つかあります。明確な道筋を設計したり、幾つかの選択肢を与えて探してもらったりなど様々です。利用者が気付かない間に進むべき方向に進んでいた・・・そんな Nudge をすることで結果的に「よかったかも」と頭の隅で少し感じてもらえるのかもしれません。

筆者について

Photo of Yasuhisa Hasegawa

組織の一員となるスタイルで一緒にデザインに関わる課題を解決するといった仕事をするなど、チームでデザインに取り組むためのお手伝いをしています。各地でデザインに関わる様々なトピックで講師をしています。