UXの奥にあるもうひとつのレイヤー
9月23日に第6回 .NET中心会議が開催されました。エンタープライズ向け、B2B 向けのシステムを開発している方が多く参加されるイベントで、今回のテーマは「UX」でした。製品発表会やサービス紹介に必ずといっていいほど耳にするようになった「体験」というフレーズ。デザイナーだけでなく、エンジニアや経営者など幅広い方々から重要性が認知され初めているのが分かります。しかし、「UX」という言葉は人によって定義や強調するところがまちまちですし、範囲が広過ぎて結局よく分からないイメージが未だにあります。
昨年開催されたリクリのセミナー&ワークショップで、分かり難い UX を具体化するためのアプローチを紹介しましたが、まだ課題は多いのが現状です。Web では深い議論が出来ないところから、「UX = 素敵なインターフェイスとインタション」という表層的な部分が先行しているところもあります。今後、多様化が進む人々のライフスタイルに対してサービス・製品を作り続けるには、表層的な部分よりさらに深い要素の理解が必要になるでしょう。
.NET中心会議では「社会へ繋がるためのUX」と題して、社会や文化といった人の考え方や振る舞いの根底にあるものに注目することで UX の議論や考えの共有は深いものになるのではという提案をしました。
Webにおける UX は、2002年に刊行された ウェブ戦略としての「ユーザーエクスペリエンス」 が基礎をつくったといっても過言ではないと思います(訳本は2005年)。この書籍によれば Web サイトは5階層で構成されており、階層ごとにある様々なデザインやコンセプトワークをボトムアップで進めていくことにより体験を設計することが出来るとしています。Web で検索すると、UX を視覚化した様々な図を見つけることができますが、基本的にこの書籍で紹介されている UX の要素が基になっている場合が多いです。
UX といえばまっ先に連想されるくらい多くに認められた概念図だと思いますが、書籍に登場してから 10 年近く経つ現在において十分といえるのでしょうか。モバイル機器が当時より多くの方の手元にあり、Web と実世界の距離感もなくなり透過状態になりつつある現在において、概念図が提唱する分野を突き詰めるだけで体験を考えるといえるのでしょうか。
サイトの目的やユーザーの需要を考慮して、機能仕様を決めたとしてもうまくいかない場合があります。例えば Google Plus は 実名を登録を規約として導入し、機能面でもそれを補助するものを実装しました。しかし、多くの方は反発をしたり、実名登録の議論が国内外で多くなされました。実名といえば、先に Facebook が実装しているのに、なぜこうなったのか。登録がしやすく、全体的に洗練された UI を設計しているのにも関わらず Google Plus 利用者に不快な体験をさせてしまったのか。その答えを UX の5階層要素では語られないもっと深いところに隠されていると考えています。
ローレンス・レッシングの著書「Code 2.0」によると、ソーシャルシステムには以下の要素がシステムを形成していると言われています。
- Market / マーケット
- Rules / 規則
- Social Norms / 基準・規範
- Architecture / アーキテクチャ
開発者・デザイナーは「マーケット」「規則」「アーキテクチャ」を常に意識しながら設計をしているものの、「基準・規範」が抜け落ちていることがあります。Google Plus で起こった実名に関する議論が発生したのがこれが原因です。彼等は「規則」と「アーキテクチャ」で実名登録をさせようと試みましたが「基準・規範」がないまま導入したことでミスコミュニケーションが発生しました。
Facebook は、実名を登録することがアーリーアダプターにとって必然であるところからスタートしています。つまり、「規則」「アーキテクチャ」の前に「基準・規範」が存在していたわけです。日本をはじめとした異文化社会での実名登録の拒絶は多少あるものの、Google Plus のような状態にならないのは、元々の「基準・規範」があるからです。アーリーアダプター達が作り出した文化が、フォロワー達によってどのように受け継がれるのかがソーシャルシステムの成長において重要な鍵になります。機能や規約では補えない、社会的な『何か』を考えることが UX の5階層要素のさらに奥にあると感じています。
私はこうした UX の奥底に存在する文化背景や人々の動機・文脈は、デザイナーであろうがエンジニアであろうが’一緒に考えることができる要素だと考えています。「私には美的センスがない」「自分はシステム的なところはさっぱりだ」と言って、自分には UX は考えれないと思うことはありません。アウトプットはその道のプロフェッショナルに任せておけば良いのです。しかし、そのアウトプットに辿り着くには必ずと言っていいほど理由があります。その理由について掘り下げることは作ることに真剣な人であれば誰でも参加出来ますし、考える人が多ければそれだけ良いアウトプットに繋がるでしょう。
スライドはいつものように SlideShare にて公開されているので、参考にしてください。