文化が作り出す利用者との関係
作り手の視点だと、どうしても製品・サービスそのものだけにフォーカスして善し悪しを判断することがあります。しかし、製品そのものは利用者体験において、ほんの一部でしかありません。製品と使う人との1対1の関係だけではなく、そもそも製品に触れようと思った『何か』があります。それは、内の感情に響くものであったり、製品・サービスと個人的な繋がりや、感情移入になることがあります。『何か』とは文化であり、文化が今、製品・サービスにおいて核となる存在になりつつあります。
例えば Pinterest を見てみましょう。
Pinterest は、2011年にブレイクしたイメージブックマークサービス。Bookmarklet を使って Web ページの画像をクリッピングするというコンセプトは、目新しいものではありません。Tumblrを真っ先に思いついた方もいるでしょうし、Wistsのような類似サービスは 2006年くらいからあります。技術やアイデアに革新的なものが何もない Pinterest がなぜブレイクしたのでしょうか。文化という側面から見ると、以下のような試みが Pinterest に独自性を生み出したのではないかと考えられます。
- 最初に友達と家族に限定してスタートした
- クローズβも小さく行い、中には実際会って招待した人もいた
- 名前にもなっている「Pin(ピン)」が使い勝手を連想させやすかった
- ブログを使って興味深い Board を頻繁にピックアップ
サービスをどんな世界観にしたいのか、それを実際作り出すにはどうしたらいいのか、保持するには何をしなければならなのか・・・機能や技術ではなく Pinterest の文化とは何かを追求した結果が今の成功ではないでしょうか。以前からデザインが洗練されているという話は出てきていますが、それ以上に Pinterest は自分たちが考える良い空間を形にするために努力を惜しんでいないところが大きいのではないでしょうか。
コミュニティ運営を行うことで、独自の文化を形成し成長させた Webサービスは Pinterest だけではありません。Flickrも、スタート直後からブログやフォーラムを通してユーザーと対話していましたし、コミュニティマネージャーという役職を早期から導入していたサービスです。Yahoo! に買収されるまでの成長を支えていたのは、熱狂的なファンですし、彼らが魅了されたのは素晴らしい機能やデザインだけではなく、その場の雰囲気だったと言っても過言ではありません。
マスに届けるのではなく、個人と繋がる
文化・雰囲気を伝えるということは従来のマーケティングやブランディングで行ってきたことなので、珍しいことではありません。しかし、伝え方が変わり始めていると思います。従来は多くの人が理解できるひとつのストーリーを伝えることで、文化を啓蒙してきました。CMだったり、キャンペーンをすることが、ひとつのストーリーを伝える方法だったといえるでしょう。今でも有効な手段のひとつではありますが、人の趣向やライフスタイルが多種多様になっただけでなく、消費者であった人々がコンテンツクリエーターとして情報発信できる現在、別の手法も必要とされています。
それが、個人の体験を基にした無数のストーリーです。Webは情報を格納するデータベースから、自分を表現できるプラットフォームへと進化しました。そして、モバイルデバイスの普及により、さらにパーソナルで、表現豊かな世界になってきました。クリエイティブが特定の方達の専売特許ではなくなった今、文化を伝えたり、感じ取る方法がひとつである必要はありません。
こうした変化に敏感に反応している企業のひとつがコカ・コーラです。
コカ・コーラは Content 2020 と称して、自社製品のストーリーを軸にして消費者との対話を円滑にするモデルを提唱しています。これは、自社が考えるイメージだけではなく、ひとりひとりの想いがコカ・コーラのブランドを形成しているのだという考えが背景にあるからでしょう。コンテンツをただ発信するだけの時代は終わり、消費者が参加できる舞台を一緒に作り上げるという形に変わろうとしています。大企業が提唱するアイデアではありますが、Pinterest をはじめとした Webサービスにも言えるメッセージです。
以前からUX には文化というレイヤーが必要であるという話をしていました。UX は誰かのものではなく、部署や役割を超えて誰もが共有しなければならない概念であると言われていますが、私は特に文化の部分を共有しなければならないのではと感じています。文化の共有は製品のデザインだけでなく、マーケティングや人事にも大きな影響を及ぼします。例えば販売店は製品を売ることではなく、製品を取り囲む文化を啓蒙する場として捉えるべきでしょうし(Apple Store)、ソーシャルメディアも情報拡散ツールとしてではなく、文化を育む場として捉えることで、使い方が変わるかもしれません。
文化というのは「これ!」と呼べる明確な姿・形があるわけではないので、分かりにくいところがあります。しかし、文化という言葉の向こう側にある雰囲気や空気感といった無言語の要素を共有し合うことが、すべての人を繋ぐことになるのではないかと感じています。私たちは毎日、文化の中で生活しています。だとしたら、Webだからといって文化を省いて良いのかといえば、そうではないはずです。
Photo is taken by Thomas Hawk