UXの夢は覚めたが失望はしていない

業界で語られる理想と現実にはまだまだ大きなギャップがあると思います。見て見ぬふりをしていたギャップを語ることで、次に何をすべきか分かることもあります。

UXの夢は覚めたが失望はしていない

UXデザインといっても …

デザイン思考を学んでいるデザイン科の学生は少なくありませんし、体系化された UX デザインを学んで卒業されている方もいます。私のように走りながら、つまみ食いしながら進んできた人間としては羨ましくあります。

課題発見・定義するための能力を磨き、プロトタイプを軸にした模索を通して成果物を作るための練習もしていると思います。私自身も目指しているデザイナーのあり方を学生時代から体験し、スキルを磨いているわけですから心強いです。数年前から「UX は重要」「これからはデザイン」と言われているわけですから、モチベーションも高いと思います。

優秀な人材は増えているものの、彼らを受け入れてくれる場所は少ないですし、活躍できる現場が少ないという現実もあります。

下記はある企業の UX デザイナー求人に掲載されているスキル項目です。

  • Illustrator, Photoshop のようなグラフィックソフトが使える
  • HTML, CSS, JavaScript  の基本知識がある
  • PowerPoint などの資料作成ができる
  • 運用、改善に取り組める

スキルの幅や内容に多少の違いはありますが、共通しているのは『作る人』を求めているという点です。リサーチの仕方を覚えて、カスタマージャーニーマップで共通認識をもち、プロトタイプを作る能力を得て卒業したとしても、社会からは「何か成果物を早く作って欲しい」となるわけです。

業界で当たり前のように語られる、UX やデザインの考え方を適応・浸透できている組織はごく一部。学校で学んだことを活かせるデザイン会社や事業会社はあるものの、数が多いわけではありません。

事業企画という名の『壁』

デザイン思考や UX を説明するとき、よく「ダブルダイアモンド」や「5 段階モデル」で説明されることがあります。課題の『そもそも』を深堀した上で、模索を続けながら解決策を導き出すことがデザインであることを簡潔に表現しています。

図解: ダブルダイアモンド

手段ではなくアウトカムから価値を紐解くことで、課題解決のためのデザインができます。ユーザーリサーチをするのも、アウトカムの弊害になっているものを見つけ出し、チームで課題の共通認識を得るための活動といえます。

こうした課題定義のための活動は、大企業や部署の役割が明確に定義された環境だと、デザイナーがいう「課題発見と定義」フェイズは、事業企画部、プロデューサー、コンサルタントといった方が担当していることがあります。彼らがデザイナーのようにデザイン思考を用いて課題発見と定義をしているとは限りませんが、企画 / 戦略を立ててからモノを作るというプロセスの大枠は昔から存在しています。たまたまデザイナー(作る方)には見えていなかっただけというケースも多々あります。

上記した求人項目を見ても分かるように、デザイナーは『モノを作る人員』として組織に配属されることがあります。ダブルダイアモンドの右半分しか関われないこともあれば、デリバリー(解決策が絞り込まれた状態からの関わり)だけの場合もあります。

簡単に実践できるわけではないダブルダイアモンド

もちろん、そうした状況を打破して変えていった人は日本国内問わずいますし、参考になる書籍もあります。今でも変えていこうと奮闘している人もいます。ただ、それには泥臭い活動を続けるエネルギーと時間が必要ですし、サポートしてくれる人(又はメンターしてくれる人)がいないと身も心も削れていきます。

あるべき論や美談はインスピレーションになります。学生は理想でも良いので『型』を学習することに意味はあると思います。ただ、それが使える現場は限られているだけでなく、課題定義に関わりたいと働き始めたのに、いつの間にかずっとデザインツール上で作業する立場になる場合もあります(それもひとつのキャリアパスなので良いと思いますが)。

夢見る時期は終わった

「これからは UX デザイン」
「デザイン組織にしていこう」
「ユーザー中心でデザインしていこう」

デザインの主語がデカいフレーズが行き来する私たちの業界。夢を見せるだけではなく、現場で働くデザイナーとしてどう活動していくかといった部分もスポットを当てていくべきではないでしょうか。理想だけしか語られない(理想ばかりが注目される)状態だと現実のギャップがさらに大きくなり、挫折や失望に繋がることもあります。

2021年のはじめに「もう UX には希望を失った」と題した記事が話題になりました。Twitter のほうで要約を連投していたので、興味がある方はぜひ読んでみてください。

UX デザイナーの多くは『アプリの中の利用体験』に限定しており、周りからも良い見た目と操作感(という名の体験)を作る人としか捉えていないのではないかと指摘。結果、ダークパターンを作る指示に対して何もできなかったり、洗練された見た目で覆い隠す仕事に留まることがあります。

上記の記事に対して「デザインに希望を持つ方法」と題して書かれた記事も出ています。

『デザイン』の殻を破り、ビジネスや自分が属している組織の理解を深めることで仕事のアプローチも変わります。「プロダクトの体験を作る」という文脈から一度離れることで、改めてデザイン / デザイナーの役割が見えてくるのではないかと主張しています。

一方は悲観的過ぎますし、もう片方は多少諦めを感じる内容です。ただ、一理あると思っていて、業界で語られる理想と現実にはまだまだ大きなギャップがあると思います。見て見ぬふりをしていたギャップを語ることで、次に何をすべきか分かることもあります。

10年、20年という長い視点だと、デザインは理想へ徐々に近づいていると思います。より複雑な課題に取り組めるようになってきていますし、今まで「デザイン」の言葉すら出てこなかった場所でも耳にするようになりました。

しかし、我々が考える『理想』をそのまま適応しようとしてもうまくいきませんし、組織政治や構造改革に足を踏み入れないと突破できないタイミングもあります。泥臭い活動も今置かれているデザイン / デザイナーの立場では必要であることを周知させることも必要だと思いますし、学生からでも準備できることはあると思います。

UX やデザインの夢は覚めた自分ですが、下らないとは思わないですし、諦めたわけではありません。まだ、できることはたくさんありますし、そのための活動が楽しい日々でもあります。ネガティブになり過ぎず、少しずつ前進できればと思います。

PS: Peter Merholz さんの記事も読み応えあります。

Yasuhisa Hasegawa

Yasuhisa Hasegawa

Web やアプリのデザインを専門しているデザイナー。現在は組織でより良いデザインができるようプロセスや仕組の改善に力を入れています。ブログやポッドキャストなどのコンテンツ配信や講師業もしています。