デザインシステムが変えるのは時間の使い方
効率化によって生まれた時間は自動的に創造的な活動に振り向けられるわけではなく、組織的な意識と仕組みがあってこそ、その可能性が開かれます。
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デザインシステムを導入すると、「コンポーネントが標準化されることで、デザイナーはボタンやフォームの再設計に時間を割かずに済み、より創造的な問題解決に集中できる」「一貫性のあるデザイン言語により、チーム間のコミュニケーションが円滑になり、意思決定が迅速化する」といったメリットがよく語られます。効率化が進むことで、リサーチや実験的なプロトタイピングのために試行錯誤する時間を確保できると期待する人もいるかもしれません。しかし、これは正しい期待なのでしょうか。
作業効率化の先はもっと作業
「デザインシステムによって実装の負担がなくなり、他のことに時間を使えるようになる」
これは最も一般的な誤解かもしれません。実際のところ、デザインシステムは実装作業を単に減らすのではなく、時間の投資先を変えるものです。以前は個別のコンポーネントや画面の作成に費やしていた時間が、現在では次のような作業に充てられます。
- システム自体のコンポーネントの構築と維持
例えば、新しいフォーム要素を追加する際に、様々なバリエーションや状態を考慮し、アクセシビリティ基準に適合させるための細かな調整作業などが含まれます。 - システムを使った新しいUI作成(関わる施策の増加)
以前なら3つの画面を作成していたところ、効率化されたことで6つの画面を同じ期間で作れるようになり、扱う施策の範囲が広がります。 - システムの継続的な改善(終わりのない作業)
「ダークモード対応」や「レスポンシブ設計の最適化」など、一度作ったコンポーネントも新しい要件に合わせて定期的に見直す必要があります。
プロダクトの開発や改善に取り組むデザイナーが、デザインシステムを導入したからといって、リサーチなど別の領域に活動を広げることは稀です。むしろ、デザインシステムによって作業の効率が向上した結果、これまで以上に多くの改善に取り組むケースがあります。これは「ジェボンズのパラドックス」として知られる現象と似ています。技術の進歩によって資源利用の効率が向上すると、かえって総消費量が増加してしまうように、デザインシステムの活用により効率化が進んだとしても、デザイナーの作業量全体はむしろ増えているかもしれません。
デザインシステムによって何が変わる?
デザインシステムは「デザイナーの時間を解放するツール」ではなく、あくまでスケーラブルな設計を支援するツールです。デザインシステムにより一貫性のあるインターフェースを効率的に構築できますが、それは単に作業を簡略化するだけではありません。むしろ、デザイナーには「なぜその特定のデザイン決定をしたのか」をより明確に説明できる能力が求められます。システムがあるからこそ、個々の選択の背景にある理由と全体への影響を深く理解する必要があります。
UI Kit が配布されているような粒度の小さい要素で迷うことは、あまりありません。難しいのは、それらの要素をユーザー文脈とビジネスゴールとのバランスをとりながら、どのように UI とコンテンツを整理するのが良いのかという点です。デザインシステムはマイクロレベルの一貫性には優れていますが、マクロレベルの設計判断。つまり「なぜこの画面構成なのか」「なぜこの情報の順序なのか」といった判断を明らかにすることがデザイナーに課せられた仕事かもしれません。
基本的なコンポーネントの再利用性をデザインシステムが支えているからこそ、デザイナーは判断力が求められる部分に時間をかけるべきです。しかし、その時間が実際に確保されるかどうかは、組織がデザインの「量」だけでなく、「質」や「思考プロセス」にも価値を置いているかにかかっています。意図的に「思考、設計、記録」をするよう促さないかぎり、デザインシステムだけでは、デザイナーの作業量を増やすだけになる可能性があります。
意図を伝承する機会をつくる
以前、デザイナーと開発者を集めて「カスタムコンポーネントの定義」について議論したことがあります。「UIライブラリにないもの」という大まかな定義には合意が得られましたが、どこからがカスタムなのか、どの程度の変更が許容範囲なのかといった線引きについては、職種だけでなく個人によってもさまざまな見解がありました。また、「なぜ作ったのか」「結果、どうだったのか」といった記録が残っておらず、既存のカスタムコンポーネントについてもうまく説明できない場面も見かけたことがあります。
デザインシステムによって作業の効率化は進みました。しかし、デザイナーが意図や意思をもってデザインできているかというと、課題が残ります。作業している瞬間は個々のデザイナーが意図を持って作っていても、それをチーム全体で共有し、デザインをスケールさせていく(意図を伝承する)という観点では、まだ伸び代があります。カスタムコンポーネントの意図が言葉でうまく説明できないのも、スケールの文脈で意図を伝える機会が少ないことが一因かもしれません。
例えば、既存のリサーチデータや顧客フィードバックから「解決できていない問題」を特定し、そこから探索とする際、明文化をサポートすることができます。ドキュメントテンプレートを渡して「これを埋めていきましょう」と指示してすぐに書ける人は多くありません。思考プロセスを確認する対話を進めながら、少しずつ作ったデザイン(もしくはコンポーネント)の明文化がすることで、「なぜ」が周りにも分かってもらえるようになるでしょう。今なら生成 AI に壁打ちしてもらいながら、自分の意図を明らかにしていく方法もあります。
現実的な価値を最大化する
デザインシステムは、「デザイナーの負担を軽減するツール」ではなく、「デザインの質とスケーラビリティを高めるツール」として捉え直す必要があります。効率化によって生まれた時間は自動的に創造的な活動に振り向けられるわけではなく、組織的な意識と仕組みがあってこそ、その可能性が開かれます。
デザインシステムの真の価値は、単なる作業効率化にとどまらず、デザインの意図や思考プロセスを「資産化」し、組織全体で共有できるようにすることにあります。この価値を最大化するには、コンポーネントの再利用性を高めるだけでなく、デザイン判断の背景にある「なぜ」を記録し、伝承する文化を育むことが不可欠です。そのためには、時には一緒に書いたり作ったりするような協働の機会を設けることも重要です。
デザインシステムは、単に「速く作る」ためのものではなく、「より深く考え、その思考を共有する」ための基盤なのかもしれません。結局のところ、デザインシステムの最大の価値は、個々のコンポーネントではなく、それらを通じて表現されるデザインの思考プロセスとその継承にあると言えます。効率化の先にある創造的な価値を引き出すために、どのような工夫ができるでしょうか?