99年頃に Google をみたときは「おいおい、いまさら検索ってないだろう」と最初は思いました。当時はポータルサイト真っ盛りでどこも検索サイトやディレクトリをもっていたので、これ以上あっても仕方ないと感じたわけですが、当然のことながらその考えは大きな間違いだったと後に気付くことになります。他のサイトで見つからなかった情報が Google で見つかるなんてことが当時はよくありました。結果的に今でも最初に検索するのは Google だったりします。

Google 検索が他より優れた結果を出していたのは、すぐれたアルゴリズムがあったからなのかもしれませんが、それより重要なことは、従来の検索の概念と正反対のアプローチをとったところです。手動のディレクトリ制作や登録サイトといったオーソリティと呼ばれるサービスや企業が正しいと思う情報を表示させていたのに対して、Google は被リンク数を情報の精度のヒントに使いました。非リンクとはつまり普通のインターネットユーザーが付けたレコメンデーションと考えても良いでしょう。一部の人たちによって決めていたものを大衆に任せたところが大きなシフトチェンジだったといえます。

産業革命から変わらないアプローチ

現在のような新聞が登場したのは産業革命以降のヨーロッパで、日本も1872年なのでだいたい同じ頃だといえます。たくさんの方に新聞を届けなくてはいけないので、流通が必要ですし取材して記事を書く人以外にもマンパワーとコストがかかります。大掛かりなものが必要だったわけですから、産業革命に新聞が生まれたのも頷けます。コストもかかるので誰もが新聞のように情報を発信することは出来ません。しかもページ数が限られているので情報発信側も情報を精査したり、ある程度のコントロールを行うことはあるでしょう。

従来の情報の流通

出版だけでなく、今マスメディアと呼ばれているものは上図のようなモデルだと思います。もし大衆が何か情報を発信しようと思っても一旦企業/サービスの精査があった上で発信されると思います。長く流通を保持していることもあり、リーチは確実かもしれませんが、大衆がダイレクトにメッセージを伝える機会は限られていますし、基本的に受け止めることしか出来なかったわけです。

このモデルは今でも根強く残っていて、ネットが流通した現在でもこの産業革命以降あまり変わっていないモデルをネットで適応させようとしているケースを見かけたりします。

個人の力を信じるところからスタート

先に述べた Google 検索の例では、情報が的確かどうかを大衆に任せることによって検索の精度を上げて行きました。これと似たような例は幾つもあります。興味深いのがスーパーコンピュータの計算能力に関する比較です。世界規模で企業や研究室がより早いスーパーコンピュータをつくろうと競争しています。こちらのランキングサイトをみると最速が 478.2 TFop/s です。これに対し誰でも参加出来る分散コンピューティングネットワークBONICの計算能力が平均で 868 TFop/s。SETI@homeでも 398TFop/s なので相当な数です。Wikipediaは全言語の記事総数が 1000万を超え、日本でも49万近くあります。他の日本語百科事典サイトでこれだけの数と情報があるのはないですし、企業が作っているオンライン百科事典の数はわずかしかありません。わずかな企業が作るより大衆が力を合わせることでとてつもない力になる例といえるでしょう。

現在の情報の流通

情報の精度はどうか、混乱が起こるのではないかと懸念点は確かにあります。しかし、それも人々が自らチェックし合うことで、ここまで成長してきたのも確かです。前に進みながら形を変え、成長をすることが出来るのが Webの良いところ。Wikipedia は懸念対象によくなりますが、常にトップページや運営の仕方を調整していますし、他でここまでまとまっている情報はないくらい便利なリソースもあったりします。何か違っていたらちゃんと直っていますし、いざとなれば自分も直せるわけです。これが一部の企業が精査していたらスピードも遅いでしょうし数もしれているでしょう。

私たち個人も影響力があるこの Web。同時にたくさんのことを学んだり経験出来る場でもあると思います。情報をもらってそれを信じるだけしかなかった従来とは違うわけです。自分で確かめることが出来たり、多くの人たちにメッセージを伝えることが出来るわけですが、ミスをしてしまうこともあるかもしれません。けど、考えてみると、ミスをすることが成長に繋がることが多いですよね。いろいろ模索してみんなで賢くなれる Web。改めておもしろいなと感じます。

書籍やブログで何度も書かれているようなことだと思うけど、今この時期にまた再確認しておきたいなと思うので書いてみました。