今月の始めに発表された、魔法の AR メガネ Project Glass。未来を感じさせてくれると同時に 広告だらけになるのでは?と考えている方もいると思います。我々ユーザーからのフィードバックを募集しているわけですから、今後どう成長して製品化されるのか楽しみです。

このプロジェクトに関わる Google X のエンジニアが残した以下のメッセージが少し気になりました。

テクノロジーはもっと便利になるべきだと考えている。必要なときにはそこにあり、必要がなければ自ら姿を消す。そんなあり方が理想的だ。

素晴らしい視点ではありますが、今のようにメガネという形が必要でないときに見えない存在になり、人と人とのインタラクション(対話)を助長させるもなのか疑問です。

グラスを付けている人に会ったときに、あなたはどう思うでしょうか。
自分の話に耳を傾けているのか?それとも、グラスに映し出されている情報に意識が向かっているのかもしれないですし、こっそり私の情報を眺めているのかもしれません。

ARメガネをかける青年笑顔でこちらを向いている青年は、Twitterでの失言ツイートを読んで笑っているだけなのかもしれません。

グラスを付けている人にとっては、必要なときに必要なテクノロジーや情報を扱うことができる便利な道具かもしれませんが、向き合っている人にとっては、人間関係の間に立ちはだかるテクノロジーになってしまうと思います。その人が何をしているのか、何を見ているのかさえ分からないわけです。

こうしたテクノロジーに寄り添うことによる人間関係の薄まりは、今のスマートフォン社会にもいえます。食事をしていても、常にそこにはスマートフォンがあり、10分ごとにスクリーンをチェックしないと気になってしまう・・・そんな状況は今や珍しくありません。

現状、Project Glass からの提案はテクノロジーを軸にしたアプローチであり、人と人との関係を補助しているものとは言い難いと思います。より人にフォーカスした形で Project Glass を考えるとしたら次のような視点が欠かせません。

効率化ではなく感情に響かせる

フリーハンドで様々な情報を自由に操れる Project Glass は非常に便利ですが、人とのコミュニケーションにおいては支障になる可能性があります。情報は必要に応じてグラスから消せますが、物理的にグラスが残る以上、対面している相手を不安がらせる可能性があります。便利を追求し過ぎるとテクノロジーに寄ってしまい、実世界での人との関係への考慮が薄まることがあります。

私たちの身の回りにある数々のスクリーンが刺激を受け続けている現在。こうした今だからこそ、人へポジティブな価値を提供する何かが必要です。それは利便性ではなく、感情に訴えかける体験なのかもしれません。

モバイルとは自然体であること

モバイルというフレーズは、良くも悪くもデバイスを連想させます。しかし、私たち自身も「モバイル(常に動き続ける)」存在であることを忘れてはいけません。私たちは常に身体や感覚を動かし続けていますし、意識は様々なモノ・コト・ヒトへと向かっています。言い換えれば、人はダイナミックで柔軟的、そして自由な存在といえるのではないでしょうか。

モバイルをデバイスやテクノロジーを超えて、人のライフスタイルや人間としての本質により注目することで、自然体の中にある Glass Project の立ち位置が見つかるかもしれません。技術的な「Wow」から、気付けばそこにいたという存在が今後求められてると思います。

パーソナルであることによる繋がり

人は、オブジェクトを人のように扱うことがあります。名前を付けたり、着飾ったりするなど、自分とオブジェクに特別な関係を築く場合があります。モバイルで常に人と寄り添うからこそ、見えない存在になるというのも手段ですが、人がオブジェクトに対して特別な感情を抱けるようにデザインすることでモバイルの関係が助長されることがあります。

スマートフォンやケータイが使われている理由のひとつに、手で触れることが出来るところが大きく働いていると思います。人と人との関係が握手や抱き締めることで始まるように、手からの刺激はオブジェクトとの関係を築くのに重要な要素のひとつです。Glass Project で現在提案されているメガネは、今後のスクリーンの姿のひとつでしかないはず。フリーハンドをひとつの売りにしていますが、あえて持って触ることを前提にしたオブジェクトを作るのもおもしろそうです。

今回は Project Glass から改善できる3つの視点を提案しましたが、モバイル開発全般にもいえることだと思います。一見、人のニーズに応えたデザインのように見えるものでも、人と人、人とオブジェクトとの関係に注目すると改善できるところが幾つか見つかることがあります。モバイルは、テクノロジーやデバイスではなく文脈であるのはこのためです。モバイルが本当の意味で人のライフスタイルにとけ込むのはこれからなんでしょう。