ポジティブ心理学から学べるデザイン思考

デザインはよく「問題を解決するための設計」と解釈されることがあります。HCD の観点からみると、その意味合いは強いでしょうし、人が扱うアプリケーションに携わる仕事をしている方であれば、常に問題解決のためのデザインを意識されていると思います。タスクを完了するためにはどうすればシンプルで効率が良いのか、ゴールに辿り着きやすくするための使いやすさを設計するのがデザインですが、それだけではありません。

目の前にある問題を解決するだけではなく、いかにポジティブな感情を引き出すのかもデザインの大きな課題です。ポジティブな感情を引き出すためのデザインをするという意味合いから UX という言葉が使われることがあります。「気持ちのよい」「爽快な」といったポジティブな言葉をつかってデザインを評価することがありますが、これもデザインが問題解決だけではないという表れなのでしょう。デザインを通して、ちょっとポジティブな気分にさせたり、幸せにすることができるわけです。

評価の際に使われる「気持ちのよい」もそうですが、ポジティブな言葉には、どのような意味合いが含まれているのか分かり難いことがあります。よく使われている言葉になればなるほど、本来の意味合いから離れて独自のニュアンスをもつこともあります。そこで、ポジティブという言葉の真意を見出す必要がでてきます。ポジティブな感情を引き出すデザインをするには、ポジティブな心理とはどういったものなのかという理解が不可欠になります。

個人や社会の反映させるような強みや長所を研究するポジティブ心理学という分野があります。ポジティブ心理学の研究で有名なペンシルベニア大学心理学部教授のマーティン・セリグマン博士が、2002年に刊行した書籍「世界でひとつだけの幸せ」で、幸せを測定するための要素を提唱しました(訳書は 2004 年刊行)。書籍の原題である「Authentic Happiness」から引用された幸せ理論(Authentic Happiness Theory)では、以下の 3 つを幸せを測定する要素としています。

US Zeitgeist 2010 でのセリグマン博士の講演
  • Positive Emotion (ポジティブな感情)
  • Engagement(エンゲージメント・繋がり)
  • Relationships(関係・社会性)

幸せ理論を提唱した 10 年後にあたる 2012 年に「Flourish」という書籍を刊行。幸せ理論では、人と人、人との社会の繋がりを基に幸せを測定していたのに対し、Florish で提唱しているウェルビーイング理論(Well-Being Theory)は、自己を磨いたり探求するという欲求をも包括し、良好な状態とはどのようなものかであるかを解説しました。セリグマン博士は幸せ理論の 3 要素と、以下の 2 つの要素を加え PERMA モデルと名付けています。

  • Meaning (意図・真意)
  • Accomplishment(達成・成果)

ポジティブな状態でいるために、PERMA モデルで構成される要素が起点になると言われています。これらの要素は今後のデザインへの取り組みのヒントになると私は考えています。

Positive Engagement
ポジティブな感情は瞬間のことを指すのか、それとも包括した体験のことか
Engagement
突発的な面白さではなく、長期的な満足を提供するには何が必要か
Relationship
人や社会との繋がりをどう演出するのか。そこから自己を向上させる要素はあるのか
Meaning
スペックや機能を超越した使うことの意味は存在するのか。物理的な幸せ以外に提供できるか
Accomplishment
自己を向上したと感じることはできるのか。そこから得られる何かがあるとしたら。

これらはひとりで考えるには大き過ぎる課題ですし、デザインの役割がさらに広がる可能性を感じさせる課題です。PERMA モデルのひとつに取り組むだけでも気の遠くなるような工程になるかもしれません。しかし、今後 Web テクノロジーが人々の生活により溶け込んでいくことを考えると、問題解決のためのデザインよりさらに視野を広げた思考が必要だと思います。その起点として「ウェルビーイング」の捉え方はデザインに良いインスピレーションを与えてくれるでしょう。

Yasuhisa Hasegawa

Yasuhisa Hasegawa

Web やアプリのデザインを専門しているデザイナー。現在は組織でより良いデザインができるようプロセスや仕組の改善に力を入れています。ブログやポッドキャストなどのコンテンツ配信や講師業もしています。