Webを活用したマニュアルの役割とは
先週、新宿で開催されたテクニカルコミュニケーションシンポジウム2010にて、パネルディスカッションのパネラーとして参加させていただきました。Web技術やデザインに関連する話ではなく、ネット社会のいまとマニュアルのこれからを考えるという内容でした。マニュアル(テクニカルライティング)という世界はあまり詳しくありませんでしたが、出演のオファーをいただいた2ヶ月前から調査・勉強をし、このサイトでも紹介しているような情報を交えて話に加わりました。
そもそもマニュアルとは?
電子書籍でもハマる問題ですが、今までのマニュアルの見た目・印象を活かしつつ電子化してしまうと、紙のように見えて紙ではないよく分からないデジタルマニュアルになります。「よりリッチに」ということでインタラクティブなコンテンツが盛り込まれた CD-ROM が同封される場合もあります。しかし、そんな形ではマニュアルの電子化に未来はありません。
『電子化』という言葉が出てくると、「いかにモニターに映し出すか、どう操作させるか」の議論になってしまい、肝心の本質が抜けてしまっている場合があります。そもそもマニュアルはどのような役割をもっていて、人はそこから何を欲しているのかを理解した上で『電子化』をしなければ本末転倒のようなことになりかねませんし、先述したような『リッチ路線』に走ってしまうわけです。逆にマニュアルのもつ役割を果たしていれば、紙媒体のときとは見た目が変わってモニターに表示されていても、利用者は違和感なく利用することが出来るのではないでしょうか。
では、マニュアルとして必要とされる要素・性格とはどういったものがあるでしょうか。シンプルにまとめると以下の3つになります。
- 正確
- 明白
- 最新
マニュアルだからこそ情報は正確でなければ意味がありません。しかし、情報が正確でも分かり難くては意味がありませんから、図を活用したり、ステップを設けるなどをして分かりやすく表現します。エッセンス(本当に重要なことだけ)に絞り込むことで、明白さを引き立てているマニュアルもあります。これら2要素はテクニカルライティングの真髄とも呼べる部分ですが、第三の要素である「最新」が今追いつけていない部分です。
製品ライフサイクルに合わせて情報を用意すれば良いというわけではなくなってきた今日。サイクルが短くなってきたのはもちろんですが、サイクルとサイクルの間でも製品は生きているわけですから、情報はアップデートしていかなければいけません。徹底的なテストをして出荷される製品でも、大衆が使ってはじめてマニュアルに入れるべき情報が見えてくる可能性もあります。
マニュアルは『正確・明白な情報』が記載されているものの、製品・サービスの百科事典というわけではありません。すべての人が必要だと考えられるわずかな情報しかマニュアルには記載されていません。つまり、考えられる使い方すべてを網羅しているわけではありませんし、未来の変化に対応出来るとも限りません。
紙媒体のマニュアルでは、流動的で多様性のある人と製品・サービスの関係はサポートしきれないわけです。紙では対応しきれなくなった部分を補うために Web 技術が必要になってきます。
Wikiを利用したマニュアルの可能性
製品・サービスの情報を最新に保つツールとして Wiki がここ数年活用されています。従来はプログラミング言語のマニュアルが Wiki というケースがほとんどでしたが、ソフトウェアやサービスなど利用シーンが増えて来ています。
- Adobe Lab Wiki
- Second Life
- OpenOffice.org Wiki
- IBM DeveloperWorks Wiki
- GigaSpaces
- Opera Browser and Internet Suite
Wikiを利用することで、Web 上に散らばっている製品・サービスに関わる情報をひとつにまとめることが出来るだけでなく、Tips集といった今まで紙のマニュアルで取り入れることが出来なかった情報も盛り込むことが出来ます。Wikiだからといって情報はいつのまにか埋め尽くされるわけではありませんし、情報を確認したり整理する作業は必要になります。しかし、高価なシステムを利用しなくても拡張性と柔軟性があるオンラインマニュアルが作れるという意味では Wiki の利用価値は高いでしょう。
マニュアルは強力なコンテンツ
マニュアルに Wiki を利用など Web を活用することで、Web におけるテクニカルライター(又はマニュアルに関わる人)の役割が少しずつみえてきます。Webだからこそ、正確・明白な情報は必要とされますが、流れが早く膨大な情報が散らばっている Web で必要とされる新たな役割があります。
- 観察
- Wikiでどのような情報が追加・削除・編集がされているかという部分だけでなく、Web 上で製品・サービスに関してどのような情報が流れているか把握します
- 共有
- 集めた情報をオンラインマニュアルとして掲載と告知が必要になります。マニュアルにある貴重な知識を共有しやすくするための仕掛け・仕組みも盛り込みます
- 恊働
- オンラインマニュアルを通して得たフィードバックを次の製品サイクルへの貴重な情報に加工したり、マーケティング・PRのアイデアとして利用できます
製品の公式サイトへはアクセスしなくても、何か困ったときにオンラインマニュアルへアクセスしたり、PDFをダウンロードしている方はいるのではないでしょうか。Webサイトのアクセス解析をすると、他のページよりオンラインマニュアルのほうがたくさんアクセスされているところも少なくないはずです。しかし実際のところ、オンラインマニュアルのコンテンツの充実やデザイン提案がなされているところは少ないです。アクセスが集中しているところにテコ入れがされていないのであればもったいないですね。
マニュアルも Web に公開されることで、顧客との距離がより一層深まります。だからこそ、マニュアルを単なる製品の付属品として扱うのではなく、ひとつのコミュニケーションツール / マーケティングツールとして扱うことで新たな視点が加わるでしょう。