ほんとに使える「ユーザビリティ」

ほんとに使える「ユーザビリティ」

エリック・ライス氏が 2012 年に刊行した「Usable Usability」の訳書です。

この種類の専門書は原書で読むことが多いので、久しぶりの訳書になりました。訳書の魅力は、日本語で読めるのはもちろん、原作者の住んでいる国の文化やニュアンスを理解していないと、伝わり難い部分を補っているところです。世界中を飛び回っているライス氏なので、世界のユーザビリティに興味をもつ読者に向けて執筆しているはずです。しかし、それでも『日本から』という視点では見え難いこと、分かり難いことは少なくありません。そこを、訳者 浅野紀予 さんは工夫されているなと思いました。

※ 本書では、ユーザビリティは「使いやすさ」と「優美さと明快さ」という2つの要素によって構成されているとしています。そこでこの記事は、本書のもつユーザビリティの二面性を考慮して、あえて「ユーザビリティ」と表記しています。

Webサイトが人だったら?

ライス氏は実世界のユーザビリティと比較して、分かりやすくユーザビリティの本質を解説しています。幾つかの例を読み進めていくと、実世界にある「使いやすさ」「明快さ」は、どうも Web には転換されていないことが多くあるということに気付きます。

Web サイトが人だったらどうなのか。訪問者との対話はうまくできているのか。訪問者が求めているコンテンツへうまく案内ができているかどうか。訪問者が迷った際に、手助けができているかどうか。本書で書かれているユーザビリティの考え方は「もし Web サイトが人だったらどうか?」と仮説した場合と重なるところが多くあります。

もし、Web サイトやアプリケーションを擬人化できるとしたら、彼等はどのような性格の持ち主でしょうか。内輪でしか通用しない専門用語を並べ、自分たちの過失を認めず、何をしてくれるのかすら分からない不可解な人間にみえるかもしれません。もしかすると、自分をかっこ良く見せたいだけなのかもしれません。

Webサービスによくある「ツアー機能」も、リアルにあると、おせっかいな機能になることもあります。

そんな Web は誰も求めていないはずなのに、生まれてしまう要因は何なのでしょうか。私たち Web プロフェッショナルの過失も当然あるでしょう。しかし、それだけではないと思います。

ユーザビリティという曖昧さを共有

私たちがユーザビリティを追求するあまり、ユーザビリティそのものの共有ができてないまま、突き進むことがあります。ユーザビリティの中に含まれている「使いやすさ」という言葉は、分かりやすい言葉のようで実に曖昧な表現です。これは、人によって捉え方が大きく異なることがあります。

最近よく感じるのが「使いやすい」というニュアンスが、日本と欧米で大きく異なるという点。

本書では、過剰な説明文は、誰も読まないし、必要とされていないとしています。自分の目的に簡潔な形で記されていることが「親切」であり「ユーザビリティ」なわけです。しかし、簡潔を「不親切」「省き過ぎ」と考える人たちもいます。本書では「やり過ぎ」と指摘している過剰な説明文は、「そこまでしないと苦情がくる」「これだったら誰でも分かる」という見方もできます。私個人の感覚では、日本の方で後者のような捉え方をしている人が多くみえます。

考えられることを、言われる前に提示することが『おもてなし』であり、ユーザビリティである ...と考える人がいるとすれば、本書に感銘してユーザビリティを啓蒙している人との対話は難しくなります。どちらかが、正しいかという話ではなく、お互いの『ユーザビリティ観』を共有することが重要ではないかと思っています。私たちの仕事で、よく出てくる「ユーザビリティ」という言葉。突き詰める前に、前提を共有してきたいところです。

本書では、その前提を共有するための視点や考え方が幾つか掲載されていますが、ユーザビリティの中にある「明快さ」の共有が、ユーザビリティの対話で有効な視点になりそうです。こちらも「使いやすさ」と同様、曖昧な表現ではありますが、明快であるには筋道が整然としている必要があります。

  • Web サイトで重要なこれは何か
  • 人がなぜ Web サイトを訪れるのか
  • Web サイトを訪れることで人は何を得るのか

こうした疑問に応えることで、何を明快にしなければいけないのかも分かりますし、それ以外は重要ではないかもしれません。「あの情報は、あったほうが良いかもしれない」という曖昧さが、明快でなくなり、過剰な『おもてなし』に繋がることになります。

世界の最先端を歩む人たちが、何を見ているのかということを知るという意味で、いちはやく訳書が出たことは素晴らしいことです。自分自身で「ユーザビリティって結局なになの?」という疑問について考えるキッカケを与えてくれると同時に、コミュニケーションのためのヒントも与えてくれます。しかし、そのときに「日本はどうか」という疑問を無視することはできません。「使いやすさ」という考えが異なるだけでなく、「明快さ」の表現も異なる日本。海の向こうの人々が考える理想を、そのまま押し付けるのではなく、本書から何を抜き取り、自分たちの仕事に合うように変形させるのかが課題です。

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Yasuhisa Hasegawa

Yasuhisa Hasegawa

Web やアプリのデザインを専門しているデザイナー。現在は組織でより良いデザインができるようプロセスや仕組の改善に力を入れています。ブログやポッドキャストなどのコンテンツ配信や講師業もしています。