誰もが安全に使えるインターネットに向けて
技術的な観点は非常に重要ですが、安全に行動できるようにするための配慮も欠かせない視点です。
私がインターネットに出会い、魅了された理由の一つは、声が小さかった人でも、マスメディアを通さずに情報を共有し、さまざまな視点に触れられるところです。デザイナーという肩書きで働いていますが、その根底には、インターネットが持つこうした可能性を一人でも多くの人に体感してもらいたいという思いがあります。
しかし、こうした考えが理想に過ぎないと感じる現実もあります。詐欺師やフィッシング、マルウェアの拡散など、悪意を持つ人々がインターネットを利用して不正行為を行うケースは年々増加しています。インターネットへのアクセスを容易にする努力が、善意を持たない人々の力を増幅させている側面も否めません。誰でも簡単に情報を発信できるようになったことで、事実に基づかないフェイクニュースが広がりやすくなっているのも、皮肉ながらインターネットの力によるものです。LLMなどのAI技術の活用で、説得力のあるそれらしいテキストやオーディオを生成できるので、詐欺やソーシャルエンジニアリング攻撃は激化するかもしれません。
こうしたアクセシビリティやインターネットに関わる仕事の責任について考えるきっかけとなるのが、インターネットの父の1人であるヴィントン・サーフ(Vint Cerf)さんのインタビューです。
アクセシビリティというと、視覚、聴覚、運動、認知に障害のある人々をシステムやUIでどのように支援するか、という話題に偏りがちです。こうした技術的な観点は非常に重要ですが、オンライン環境で安全に行動できるようにするための配慮も欠かせない視点です。匿名かどうかに関わらず、自分の行動に責任を持つことへの教育も必要になるかもしれません。これは、単に透明性のある情報を提示するという作り手の配慮にとどまらず、その情報に裏付けがあるのかを自問自答し、情報を鵜呑みにしないよう注意する個人の思考力も求められます。
半分冗談の提案ですが、インタビューでサーフ氏が言及する「インターネットの運転免許」は、技術的な解決策だけでなく、教育と社会的な規範を組み合わせることの重要性を示しています。
交通安全制度には、横断歩道やガードレールなどの安全設備といった技術的な解決策だけでなく、小学校から行われる交通安全教育のような教育的要素や、道路交通法による法的規制といった社会的な規範も含まれています。Web アクセシビリティも技術的な解決策や法的規制が整備されつつありますが、まだ欠けている部分があります。情報を受け取る側だけでなく、発信する側の責任や能力の育成まで視野に入れることも忘れてはいけない観点です。
ひとりのデザイナーから見るとスケールが大きすぎる話題ですが、当事者の行動を観察したり話を聞いたりする活動は、前進の大きな糧となります。あえて制約の多いユーザーを想定してデザインしてみたり、意図しない操作への対応方法を考えてみるのも効果的な手段です。ダークパターンだけでなく、日々のインターネット利用の中には、他にも「引っ掛かり」のような課題があります。それらを書き留めるだけでも、自分の視点を広げる良いきっかけになるでしょう。