それでも私はデザイナー

複雑な課題が入り組んでいる組織・社会を考慮して提案・実施するという能力をもつことで、従来からもつデザイナーの作る力がより発揮されるはず。その課題を解決する取り組みもひとつのデザイナーの姿だと思っています。

今の働き方をするキッカケ

最近、私は業務で Sketch をはじめとしたデザインツールを開く機会が減ってきています。意図的に名を伏せるようにしていますし、実際はチームで作っているわけですから「私がこれを作りました」と言えるものもありません。それもあって周りからは何をしているか分からないと怪しまれるわけですが、それでも「私はデザイナー」と言っています。

何かを作って世に送り出すことがデザイナーと定義するのであれば、私はそう呼ぶ資格がないかもしれません。今は人の課題、部署間の課題、作り方の課題、進め方の課題、改善の課題、運用の課題といった外からでは見えにくいところを取り組んでいます。

上記の課題に興味をもったのも、出来上がった成果物への不満や失敗をした経験があるからですが、「誰のためのデザイン?」の著者であるドン・ノーマン博士が 10 年前に書いた「Why Design Education Must Change」はインスピレーションになりました。

記事は教育について書かれているものですが、私たちデザイナーの働き方の問題の根底にも繋がるものと解釈しました。

複雑化する課題解決

Many designers are woefully ignorant of the deep complexity of social and organizational problems. (多くのデザイナーは、社会的および組織的な問題の複雑さをまったく理解していない。)

「デザインの価値が理解されない」「UXデザインの実践ができない」「調査をさせてもらえない」といったデザイナーの嘆きの根底には、自身が属する組織や社会の複雑さに目を向けない、デザイナー視点の『べき論』が中心にあるからだと捉えています。

ますますデザインと社会との関係が密接なものになるわけですから、成果物を作る前から複雑な社会や組織と向き合うことが前提になるはずです。言い方を変えるなら、社会(ユーザー)と組織(チームメンバー)の課題を理解しないままでは、いくら作る能力を磨いても、そのデザインが十分な効果を発揮しなくなることを意味します。

社会的および組織的な問題に取り組むためのスキルも必要になってきたにも関わらず、教育機関は相変わらず作ることばかり教えているとノーマン博士は危惧しています。

しかし、作り方を学ぶことが中心だった昔から変わり始めているのも事実。今は UX デザイン、サービスデザインといった課題発見から作るところまで教えるカリキュラムが国内外問わず増えていますし、高い知識と実践できる能力を得て社会に出ているデザイナーもいます。

ただ、UX デザインやサービスデザインといった『上流工程』を学んだとしても、それを組織にどう取り入れ、チームメンバーとどう進めていくと良いのかといったコミュニケーションも一緒に学ぶ機会はあるでしょうか。それ抜きで手段を強制インストールを試みてもうまくいかないですし、周りからはべき論を振りかざしているだけのように見えてしまいます。

ポッドキャストで「デザイナーは何かを作り出すことが価値である一方、そこに囚われ過ぎているかもしれない」と何度か話したことがあります。作ることは失うべきではない重要なアイデンティティだと思いますが、そこだけでは今求められる複雑な課題に対する解決は難しいのではないでしょうか。

課題の中心にあるものは何か

I have seen designers propose simple solutions to complex problems in education, poverty, crime, and the environment … Sometimes these suggestions win design prizes … Complex problems are complex systems: there is no simple solution (教育、貧困、犯罪、環境のような複雑な問題に対して、デザイナーがシンプルな解決策を提案して賞を獲っているのを見てきたが、複雑なシステムのなかに問題がある以上、シンプルに解決されることはない。)

同業者から賞賛を得ることはあるものの、課題解決に繋がらない場合があります。見た目の良さを過大評価してしまい、使えるもの、意味があるものであるかが抜け落ちている場合も少なくありません。

The problem of ‘Looks good’ inclusive design」という記事では、Braille Neue は使えないと指摘しています。ひとつの意見に過ぎないとはいえ、私たちデザイナーは「見た目の良さ」「アイデアの面白さ」に注目し過ぎていることは他にもたくさんあります。現実世界という複雑で不条理な環境のなかに溶け込む解決策を考えて模索するという視点も必要だと思います。

見た目の良さに魅かれるのは普通のことです。その着眼力であり感性がデザイナーの表現を広げてくれる一方、課題解決から遠いものでも良しとしてまうくらいバイアスをかけてしまうことがあります。作ったものに対して以下のような疑問を投げかけ、データ収集・分析をし、改善することも忘れてはならない取り組みです(下記している『人』はエンドユーザーだけでなく、一緒の働く人たちも含まれています)。

  • 現場の方たちが困っている課題周辺にある別の課題は何か
  • 社会というリアルの中だから見えてきた課題の本質は何か
  • 環境と人との関係はどう変わるのか、そしてなぜ変わったのか

こうした疑問を投げかけ作り続けることは、web サイトやアプリといった成果物に限ったことではありません。エンジニアとの連携をどうしていくか。ビジネスを考慮しつつ品質を担保するにはどうするか。組織に適したプロセスを考案し広めるにはどうしたら良いかといった、成果物を取り巻くあらゆるコトも同じような思考と実践を繰り返すことになります。

ではどうすれば良いのか

ノーマン博士は従来のデザイン教育で教えてきた作るための技術だけでなく、社会科学・生物科学も教えるべきだと説い、その断片は Udacity のデザインコースで体験することができます。

作る以外のところもデザイナーの基礎体力として早い段階から学ぶべきだと思います。そのなかで、私がやっている取り組みがあるとしたら以下の 4 つのトピックを扱ったセミナー / ワークショップです。

デザイナー以外の方でも分かるようにデザインを伝え、進めるにはどうするかをテーマにしています。手段が分かっていても、実践のためには様々な分野の専門家の力なしでは実現しません。より良いプロダクトを皆で協力して作るために、デザイナーが元々もっている抽象的なものを視覚化する力が役に立つと思っています。

UX デザインにしてもそうですし、デザインシステムでもそうです。
様々な施策が失速してしまったり、止まってしまうのは「複雑な課題が入り組んでいる組織・社会を考慮して提案・実施する」という能力が足りていないからという場合が多々あります。

簡単なことではないですし時間もかかりますが、取り組まなくては私たちが考える理想には近づかないと思います。日々の情報発信にしろ、仕事にしろ、その力になれればの一心です。

難しい課題ですが日々模索するのが楽しいですし、これもひとつのデザイナーの姿だと思っています。

筆者について

Photo of Yasuhisa Hasegawa

組織の一員となるスタイルで一緒にデザインに関わる課題を解決するといった仕事をするなど、チームでデザインに取り組むためのお手伝いをしています。各地でデザインに関わる様々なトピックで講師をしています。