コーディングWebアクセシビリティ

コーディングWebアクセシビリティ

実践的な入門書

Webアクセシビリティの関連書籍は元々数が少ないですが、どれもお堅いイメージが漂うものばかり。そうしたなか、表紙から入りやすそうな「コーディングWebアクセシビリティ」は、ひとつ特異な存在ですし、今までの Web アクセシビリティ書籍のイメージを払拭しています。恐らくジャケ買い、またはジャケ立ち読みした人もいるのではないでしょうか。圧迫感のない文字の扱い、豊富にある図やイラストも、表紙の雰囲気を裏切っていません。

やさしく基本から書かれていますが、フォームやモーダルウィンドウといった、実装に悩む UI のアクセシビリティ向上のヒントが紹介されており、現場ですぐ使えるノウハウも盛り込まれています。章ごとに大きく「インターフェイスの概念」「実装のためのルール」「具体的な実装ノウハウ」の 3 つに分かれていて、テンポ良く学習することができます。コーディングをしない方でも、章の前半を読んでおけば今後の仕事の取り組み方が変わるかもしれません。

原書の雰囲気をできるだけ忠実に日本語で再現することを目的にしているのでしょう。ところどころ、日本の読者には伝わりにくい表現を見かけました。私も書籍を書いていたときは、プリンスの歌を引用するといった、日本の書籍ではあまり使われない表現を用いたことありましたが、それに違和感を感じた方もいたと思います。「それはそれ」と割り切って読める人と、外国人っぽいノリについていけない人で書籍の評価が変わるかもしれません。ただ、柔らかく楽しく Web アクセシビリティに取り組んでもらうという意味では、本書のようなテンポが必要だと思います。

いち読者として楽しめた書籍ですが、2015 年の日本という視点でみると、幾つか疑問や課題が浮かび上がりました。

なぜ今Webなのだろうか

入門書を手にするのは、主に若い開発者だと思います。ただ、彼らが積極的に Web アプリという領域に取り組むのかどうか疑問です。というのも、彼らにとっての「アプリ」とは Web ブラウザで利用するものではなく、Android や iOS といったプラットフォームの上で動くものを指しているからです。

人によっては Web は過ぎ去った領域、縮小する場であると考えるかもしれません。Web はどちらかといえば、JSON のようなシンプルなデータ形式を受け渡しをする API のようなものであり、それをどうレンダリング(コーディング)するかは、ネイティブアプリの仕事です。アクセシブルな製品を開発するための考え方は Web でもネイティブアプリでも変わりありませんが、『つくる場』という意味で Web にはあまり魅力を感じない人も少なからずいると思います。

そうしたなか、今なお Web アプリを開発するべきなのか、書籍を読んだだけでは見えてこないかもしれません。もちろん「すべての人へ情報・機能アクセスを」という考えは十分伝わってきます。しかし、海外ほどバラエティに富んだデバイス利用もなく、世界有数の高速回線が堪能できる日本という環境では、Web である必要性が伝わりにくいと思います。

昨年渡英したときに、2G 回線に出くわして愕然としましたが、それがありえる環境だと考えられる「アクセシビリティ」と、日本のような恵まれた環境で考えられる「アクセシビリティ」には大きな差があります。訳本であることから、こうした差を埋めることができず、海外における Web アクセシビリティの考え方を前提として話が進んでいるように思えました。

「なぜ今 Web アプリのアクセシビリティなのか」を問うことは、この書籍の役割ではないかもしれません。そうした内容を盛り込むことにより「コーディング」という書籍が掲げるテーマが薄れてしまう恐れもあります。ただ、今の日本では、開発者もデザイナーもクライアントもユーザーもネイティブアプリに目を向けています。こうした状態であるからこそ、 Web の未来を少し見せた設計思考を紹介しても良かったのではないでしょうか。Web の可能性や、将来を見せることによって「今はネイティブかもしれないけど、Web は無視できない」と思ってもらえるはずです。

このままネイティブアプリの世界が拡張するのか、Web サイトや Web アプリはニッチな領域になるのかといった議論はポッドキャストでも何度かしています。 Web から始めるのが当たり前と考える人は高齢化しているでしょうし、Web ブラウザを開かない人はどんどん増えてきています。そうした中で、Web アクセシビリティ、Web デザインの書籍が、今後どういう伝え方をしていくのか楽しみです。

書籍写真 - コーディングWebアクセシビリティ

Yasuhisa Hasegawa

Yasuhisa Hasegawa

Web やアプリのデザインを専門しているデザイナー。現在は組織でより良いデザインができるようプロセスや仕組の改善に力を入れています。ブログやポッドキャストなどのコンテンツ配信や講師業もしています。