却下したデザインが判断の資産になる
却下したアイデアやトレードオフを残しておかない限り、デザイナーは自分が何を任されているのか説明できないままです。
判断力がデザイナーの強みにならない理由
McKinsey が2020年に出した調査によると、 デザイン担当の役員職を置く企業は 2014年から2019年の5年間で倍になりました。デザイナーが「seat at the table (事業判断のテーブルに座ること)」が重要であると言われていた時期と重なります。UX デザイナーや CDO のようなポジションが注目されたのもこの頃です。
組織の重要なポジションにデザイン歴のある方をアサインするといった変化はありました。しかし、同じ調査で、自分のチームが本来の価値を出せる位置にいると答えたデザインリーダーは17%。事業戦略に意味のある役割を果たしたと答えた CEO は10% でした。体制はつくったものの、「デザインを任せる」とは具体的に何に対する責任なのか明らかにならなかったのが双方の『不満』につながっているのかもしれません。
プロダクトマネージャーであれば、事業成果に紐づくKPIに責任を持ちます。エンジニアであれば、システムをトラブルなく動かすことに責任があります。それぞれの責任は明確ですが、デザイナーはどうでしょうか。
振り返れば、デザインを組織の柱に据える動きはありました。一方で、事業の意思決定において、デザインが責任を担うことはなかったのかもしれません。その影響もあってか、いまではデザインの「解体」も進んでいます。
Sonos は2024年5月にアプリを全面刷新して失敗しました。そして、2026年7月にはデザイン組織が縮小し、在籍12年の VP of Design である Dana Krieger と、UXリサーチのほぼ全員が会社を離れました。刷新の責任がすべてデザインにあったのか、その真意は分かりません。デザイナーが重要なポジションに就くことで、それに見合う責任も課せられていたのでしょうか。AIで出来ることは広がったが希望は増えていないのも、突破口が見えていない今を映し出しています。

その突破口は、「判断力」と主張する方もいます (英語圏だと taste と言われることがありますが、意味は近い)。この言葉は、誤解を招きやすいと思っていて、あたかもデザイナー自身の審美眼や感性が重要であるかのように受け取られやすいです。 つまり、デザイナー視点の判断力をいくら磨いても、そこに責任が伴わない限り、ただの意見や主張に過ぎません。
昨年、「Why is quality so rare?(なぜ「良いもの」はこんなに少ないのか)」という記事が話題になりました(Config 2025 で見た方もいると思います)。速くつくれる時代だからこそ、質の高いものは希少になります。だからこそ質を何よりも大切にしよう、というメッセージが込められています。こうした話も交えて「質を見極める判断力が大事になる」と捉えがちですが、実際はもう少し複雑です。
記事の著者である、Karri Saarinen さんは、Linear の共同創業者です。つまり、自分が考える「質」が事業の今後に多大な影響を及ぼすという重い責任を背負っています。ひとりの意見や主張ではないからこそ、「Why is quality so rare?」という彼の言葉に込めたメッセージには、単なる「デザイン重要論」とは一線を画しているわけです。

複雑な判断を書き出してみる
ただ、ややこしいことにデザイナーは「良いデザインを世に出す」という責任は課せられています。プロダクトマネージャーやエンジニアが担う「失敗すると何かが止まる」類の責任とは異なりますが、お客様からどう見られ、どう受け止められるかを左右する重要な責任です。ただ、デザインが失敗しても、その影響が見えてくるのはしばらく先ということがほとんどです(Sonosの刷新など例外はありますが)。
デザイナーからの承認がないまま世に出しても、売上や継続率に影響するとは限りません。「ブランドに影響する」という主張は正しいものの、素人がコードを触ったことでサービスが一時停止するような、差し迫ったリスクはありません。
「責任ある判断力」を身につけるには、まず我々がもつ「良いデザインのための判断」を明らかにすることです。しかし「ターゲットユーザーの〇〇の課題を解決するために、使いやすさを考慮して、現存コンポーネントを組み合わせて△△をデザインした」とシンプルには語れないはずです。

上図は、あるプロダクトのドキュメントや会議でのやりとりをもとに、判断の過程をグラフ状に表現したものです。複雑に絡み合うさまざまな要素を考慮しながら、最善策を導き出す。これはデザイナーに限らず、プロダクトに関わる人たちが日々行っています。
判断の複雑性を理解するには、成果物をつくった理屈ではなく以下の4点が必要です。
- 何を根拠にそれを選んだのか
- トレードオフは何だったのか
- 自分は良いと思っていたアイデアをなぜ却下したのか
- リリース後に明らかになったデザインの課題は何か
半年後や1年後に振り返ったとき、「なぜ、このデザインにしたのか?」と疑問に思うことがあります。その多くは、上記の内容が記録されていなかったり、「使いやすくするため」といった単純な判断理由しか残っていなかったりすることが原因です。当時、どのような責任を背負って成果物を世に出したのか。その背景が分からないままでは、デザイナーは「良いデザインを世に出す」という抽象的な責任しか持てない状態が続いてしまいます。
幸い、こうした判断の記録は、以前よりずっと簡単になっています。文脈が曖昧なままでも、AIに話しかけるだけで、あのとき何を考え、どこで迷い、なぜその選択をしたのかを整理できます。出力された内容を読み、認識と異なる点を指摘するというやりとりを何度か繰り返すだけでも、当時の判断をより具体的に捉えられるようになります。
プロダクトマネージャーやエンジニアは、結果がすぐに数字として残ります。デザイン向けの指標を設けたり、ユーザビリティやアクセシビリティのチェック表を設けて数値化できますが、それらに『重さ』がなければ、ただ数値をとっているだけになります。今、デザイナーができるのは何を根拠に選び、何を捨て、出したあとに何が見えたのかの記録です。これが蓄積しなければ、デザイナーは何を任されているのか説明できません。少し遠回りなアプローチかもしれませんが、自分たちの「価値」を明らかにすることは中長期の資産になるはずです。

