iOS 7 UI 考察(前編)

iOS 7

発表当時から賛否両論の意見が飛び交っていた iOS 7。普通に使えるようになってしばらく経つので、改めて Apple (特に ソフトウェアエンジニアリング担当の Craig Federighi と デザイン担当の Jony Ive)が何を目指しているのかを私の中で考えてみました。今回は特に色にフォーカスしてデザインコンセプトの分析です。こういう見方もあるんだという、ひとつの視点として見ていただけると嬉しいです。

人間性を持たせること

Macintosh 128K

人間性(Humanize)は、Apple の歴史からみて重要なキーワードだと思います。1984 年に発表された Machintosh 128K は当時のコンピュータの概念を覆す色・形でした(コンピュータの宣伝をスーパーボールで放送するというのも革命的でした)。一部のテクノロジーに強い人たちだけが使う、どこか冷たくて突き放しているイメージがあったコンピュータを一気に一般消費者のほうへ近づけた製品です。

Machintosh 128K は、ハードウェアだけではなくソフトウェアも大きな注目を浴びました。当時、コンピュータの操作をするには『当たり前』だったコマンドラインを排除し、デスクトップというメタファを取り入れた GUI を実装した OS 「System 1」を発表しました。これによりドラッグ&ドロップなど、スクリーン上のオブジェクトを自由自在に操作できるようになりました。技術的にも変革期が訪れたソフトウェアデザインですが、忘れてはならないのが「アイコン」の存在です。

当時はギガバイトものメモリもないですし、色をつかって表現することすらできません。少しの装飾でもコンピュータのパフォーマンス全体の影響を及ぼす可能性があったわけですから、クリエイティブ領域は非常に狭かったのかもしれません。しかし、そうしたなか System 1 のアイコンは Apple の象徴とも呼べるシンプルで分かりやすいアイコンを数々作り出されました。

Smile Icon

Machintosh を起動したときに、まず最初に出てくるのが、あの有名な「笑顔」アイコンです。

「これは、あなたのコンピューターです」
「きっと、楽しんでいただけるかと思います」

起動直後に出迎えてくれるアイコンには、こうしたメッセージがあるのかもしれません。小さなアイコンひとつみても、コンピュータは皆のものであるという思想が見え隠れします。Apple はデザインの会社であると表現されることがありますが、私は様々なプロダクトに人間性を持たせることをミッションにしている会社だと考えています。

当時、Jony Ive は Apple でデザインをしていませんでしたが、彼が参加した後も「人間性・親しみやすさ」という思想は確実に受け継がれています。

色をつかった機械性からの離脱

iOS 7 は様々な議論を生み出しましたが、そのなかのひとつに、極彩色があります。iOS 6 に比べると明らかに『眩しい』色が使われるようになりました。この大きな変化をあざ笑うかのような Jony Ive Redesigns Things のようなサイトまで登場しましたが、Ive 氏の過去のデザインをみると劇的な方向転換というより、ある時期に必ず Ive 氏が行っているアプローチだと思います。

iMac G3

例えば、初代 iMac G3 を見てみましょう。
PowerMac G3 以前の Mac は、初代 Machintosh の血を受け継いだデザインではあるものの、他も製造しているようなありきたりな形状でした。また、コンピュータがビジネスで当たり前に使われるようになったものの、家庭用としては、まだ発展途上でしたし、コンピュータには受け入れ難い距離感がありました。時代は違うものの Machintosh 128K が登場する前のコンピュータの先入観や不安があったとと思います。

そこで Ive 氏が出したのは、今までありえなかった青緑を全面に押し出した、おむすび型のコンピュータでした。初代 iMac G3 が発売されてからおよそ 1 年後にはカラーバリエーションを投入。ここでも今までのコンピューターでは考えられないような様々な色を市場に送り出しました。中には『花柄』のように市場に受け入れられなかったものもありますが、コンピューターは手軽に所有するものであり、パートナーのような存在になれることを表現したのだと思います。色をつかってコンピューターという機械に性格を持たせたのでしょうし、性格を持たせるために、あえて派手な色を採用したと考えられます。

iMac の数年後、同じようなデザインの変化が iPod でも見られました。
2001年当時、テクノロジー好き・機械好きな人が注目していた MP3 プレーヤー。どれを見ても、いかにもガジェットというデザインが多かったなか 白を基調にした iPod のシンプルなデザインは大きなインパクトを呼びましたが、2 年かけて 200 万台売れたニッチ市場のプロダクトでした。iPod の成功は、2004 年に登場した 5 つのカラーバリエーションがある「iPod mini」の登場から。発売された一年で iPod の販売台数は一気に 1,000 万台を突破しました(参照: iPod + iTunes Timeline)。

iPod mini

ここでも iMac と同様「人間性」をもたせるために特長のある色を採用しています。MP3 で音楽を聴いていたのは、インターネットやコンピュータに強い一部の人でしたし、当時はまだ CD で音楽を聴くほうが楽でした。機械を操作しなければならないので面倒な作業のようにみえる。しかも、市場にある MP3 はどれも「俺はカッコいい機械を操作している」という雰囲気を全面に出しているかのようなデザインばかりでした。初代 iPod は、それから少し離脱したデザインでしたが、飛躍的に機械っぽさが失われたのは iPod mini でした。

アーリーアダプターの視点から言えば、機能や最新技術が充実していることを重要視しますし、機能操作の邪魔にならないデザインを優先視します。こうした視点はアーリーアダプター以外でも適応できるのかといえば、そんなことはありません。ガジェットが、いかにもガジェットのような見た目なだけで敬遠する人もいますし、プロダクトを通して自分を表現するにはモノトーンでは物足りないこともあります。

スマートフォンがパートナーになる日

スマートフォンはもうアーリーアダプターやガジェット好きのものではなくなりました。iOS 6 以前のデザインは、良くも悪くも彼等をターゲットにしたデザインだったと思います。

iOS 6 以前のデザインは、リアルオブジェクトを模擬した Skeuomorphism が主流でした。これは使いやすさや親しみやすさを助長するために使われていたものの、過剰な装飾や、機械的なテキスチャが多く採用されていたことから、人間味があるというより、どこかサイボーグのような雰囲気がありました。アナログを模擬した表現をしているのに、機械的なところが残っているようなデザイン。1984年に登場した Machintosh と比べれば、比較にならないほど高解像度のキャンバスでいろいろな表現が可能になったわけですが、それがかえって機械的な表現を助長しているのかもしれません。

iOS 6 の UIリアルオブジェクトっぽい見た目ですが、
デジタルっぽい光沢があったり、機械的な装いが随所見られた iOS 6。
こうした演出がかえって少し遠い存在にさせていたところがあったと思います。

機械に人間味を持たせるにはどうしたら良いのでしょうか。
それは恐らく、リアルオブジェクトを模擬するのではなく、まったく別の表現が必要なのかもしれません。それを Jony Ive 氏は、独特な色使いで表現しているのだと思います。 iMac、iPod、そして今年発売された iPhone 5c もそうですし、今回は iOS 7 というソフトウェアにまでデザインの領域を広げたわけです。

ガジェットだけでど、機械的なツールではなく、人のパートナーになるにはどうしたら良いのか。Machintosh 時代から取り組んでいる課題への回答が、今回の iOS 7 のデザインです。その回答が正しいかどうかは時が経つまで分かりませんが、今までと飛躍的に違うことをしているわけでもないと思います。

Dribbble で発表されたリデザイン案

iOS 7 発表当時 dribbble で様々なアイコンデザインのアイデアが飛び交いました。多くのデザイン案は彩度を落とした無難な見た目。スリーンショットでは素敵な仕上がりですが、iOS 7 がもつパーソナリティはどこかへ消えてしまっているようにみえます。今回のような極彩色は好みが分かれるでしょうし、スクリーンショットだけでは判断し難いところが多々わけですが、ひとつの『Apple らしい』方向性を提示している意味で大きなステップだと思います。

【余談】さらに市場を広げるために派手はカラーバリエーションを採用するという手法は、iMac, iPod から行われているものの、iPhone に関していえば、タイミングが 1, 2 年遅かったのではないかと思います。スマートフォンが普及してしまった状態でカラーバリエーションを出しているのは、iMac, iPod 当時とは少し状況が違うと思っています。だからといって、出すべきではなかったとは思いませんが、今のところ iPhone 5s のほうが売れている のと少しばかり関係しているかもしれません。

Yasuhisa Hasegawa

Yasuhisa Hasegawa

Web やアプリのデザインを専門しているデザイナー。現在は組織でより良いデザインができるようプロセスや仕組の改善に力を入れています。ブログやポッドキャストなどのコンテンツ配信や講師業もしています。