価値を語っても誰も思い出してくれない理由

原則など抽象度の高いところから考えるのは重要な活動です。ただ、そこだけ力を入れても浸透しませんし、行動しなければ誰も信じてくれません。

価値を語っても誰も思い出してくれない理由

良い言葉が有害になるとき

Uber 創業者 トラビス・カラニックが CEO に就任していた頃、14のカルチャーバリューのひとつに「Always Be Hustlin’(いつも張り切る)」が含まれていました(参照)。スタートアップならではと言える強い表現。誰もが自発的に働いて欲しいという想いが込められていたのかもしれません。しかし、Hustle には「押し切る」といった意味合いが文脈によって含まれることがあります。意味が「押し切る」と捉えて働くと組織文化も大きく変化します。

Uber fires more than 20 employees after sexual harassment investigation
Company has been taking steps to change culture following scandals that appeared to demonstrate aggressive business practices and a toxic workplace

言葉には様々な意味が含まれていますし、自分の都合に合わせて解釈を変えることもできます。例えば「ユーザーファーストのプロダクトを作る」も下記のような解釈ができます。

  1. ユーザーニーズを深く理解し、彼らへ価値提供することを優先しよう
  2. ユーザーファーストができるように、まず利益を上げることを優先しよう

ユーザーファースト(お客様第一)とは何か?
そのマインドセットを起点に物事を考えることなのか。そういう存在になれるよう成長することが先なのか。人によって解釈は様々です。

これは、どちらかが合っている  / 間違っているという話ではありません。 ユーザーニーズに切実に応えれば収益に繋がるとは限りませんし、目先の利益を考えるだけではユーザーは集まりません。問題なのは、同じ言葉で まったく違う方向へ走り出すことができるところです。

説明文や挿絵を加えて肉付けすることはできますが、結局のところ行動がすべてだと思います。仕事をしていると難しい決断を迫られることがあります。黒白ハッキリせず、グレーな選択肢しかないことも多々あります。そのとき、私たちは掲げている価値観に沿って決断・行動できるでしょうか。

「ユーザーのため」と語ることは容易です。ただ、開発コストや他の施策より優先して「ユーザーのため」にコミットすることができるでしょうか。決断するときに掲げた価値に沿って行動するのは簡単ではありません。

メンバーひとりひとりが価値を意識して行動することを期待する前に、リーダーやマネージャーが価値に沿った行動とはどんなものか示す必要があります。先述した Uber の例も「Hustle」という言葉だけで害のある仕事環境は生まれません。リーダーやマネージャーの行動が大きく影響します。

Uber Was Right to Hustle, but Here’s Where its Leadership Blew It
Uber Was Right to Hustle, but Here’s Where its Leadership Blew It

リーダーやマネージャーの行動を通して「Always Be Hustlin’」をはじめとした価値の意味を解釈したことで生まれた結果だと思います。もしリーダーが「ケースバイケースだから」と言って、判断を時と場合で変えている姿を見せていたら、「なるほど。価値はあまり意識しなくて良さそうだな」とメンバーが言い始めても仕方ないことです。

行動する機会を増やそう

組織文化の話でしたが、デザイナーの仕事範囲内でも似たようなことは起きます。

デザイン原則をつくっても浸透しないといった相談をいただくことがありますが、これも語るだけで行動が不足している一例です。事例にあるような素敵な『成果物』を作ることが目的になってしまい、それに基づいた行動をしていないところは少なくありません。原則をどう使って、今と何が変わるのかイメージできていないまま作ってしまうと、行動しようにもできない方も出てきます。
※ 「デザインの質が良くなる」はまったく答えになっていないです。

原則、マインドセット、コンセプトなど、抽象度の高いところから考えるのは重要な活動です(デザイナーの得意分野でもあります)。ただ、そこだけ力を入れても浸透しませんし、行動しなければ誰も信じてくれません。

そもそも原則が必要なのかという問いかけが必要ですが、プロダクトマネージャーと一緒にデザインレビューするとか、UI 品質チェック項目に置き換えるといった行動できるシーンを増やすのが『使える』存在になる第一歩です。そして、そのときにデザイナーが原則に沿った行動とは何か示すことで少しずつ浸透していきます。

「ときと場合によります」という余白を残すことで自由に考えられる一方、浸透力が弱まるデメリットもあります。ときには「一旦この考え方で動いてみて、違うようだったら見直そう」という突破力が必要なときはあると思います。

Yasuhisa Hasegawa

Yasuhisa Hasegawa

Web やアプリのデザインを専門しているデザイナー。現在は組織でより良いデザインができるようプロセスや仕組の改善に力を入れています。ブログやポッドキャストなどのコンテンツ配信や講師業もしています。