翻訳は奥が深い

大学生の頃、村上春樹作品の何冊かを英語で読んでいましたが、表紙に必ずといって良いほど目にしたのが「Jay Rubin」という表記。彼はムラカミ作品の何冊かを英訳した方ですが、英語にも関わらず『ムラカミの匂い』を感じる文体とリズムがあってとても感銘を受けました。

ある言葉で表現された文章を、他の言語で言い換えれば良いといえるほど翻訳は単純ではありません。受け取る側の文脈(文化をはじめとした背景)を考慮して言い回しを変えることもありますし、時にはまったく違う表現にする場合もあります。

書籍「ハリー・ポッター」シリーズも翻訳が難解だったことで有名です。下記の記事で詳しく読むことができます。

Harry Potter and the Translator’s Madness - Summa Linguae
Harry Potter has become a cultural phenomenon. Have you ever wondered how did the process of translation look like? Read about Harry Potter translations.

組織の一員として働くデザイナーにとって、翻訳者が実践している相手の文脈に合わせて巧みに表現を変えるスキルは欠かせません。たとえ作るための高いスキルを備えていたとしても、翻訳できないばかりに力を十分に発揮できない場合があります。

デザインなんて言わなくても大丈夫

例えば組織で「ページビュー(PV)」の目標値が設定されていたとします。デザイナーも一緒になって目標達成のために働かなければいけませんが、ユーザー課題を解決したいと考えるデザイナーにとって PV は少し遠い存在に見えてしまいます。だからといって「ユーザーの課題は何か?」「PV は意味があるのか?」といった質問をぶつけているだけでは関係は平行線のままです。

もし、デザイナーが翻訳者のように頭を働かせるのであれば、下記のような質問から会話を始めるでしょう。

  • PV によって生み出されるビジネスとユーザーのアウトカムは何か
  • PV はパーチェスファネルのどこを指しているのか
  • マーケティングや営業など、Web サイトと合わせた策は何か
  • どういうポジショニングで人を集めようとしているのか
  • 上記に関する調査をした資料はあるか

デザイナーにとって馴染みのある言葉は一切使わず、ビジネスの方でも分かる言葉を使って質問します。しかし、質問を通してデザイナーが知りたいユーザーの文脈や、成果物の方向性を考えるヒントを得ることができます。

最初は PV を上げるという目標に対して「?」だったデザイナーも、対話を通してユーザーの課題を解決した結果 PV も上がるというストーリーを見出せる可能性があります。

「デザイン」という言葉はビジネスでも使われていますし、装飾だけを指しているわけではないことも理解している人もたくさんいます。広く使える便利な言葉ですが、デザイン業界内でも様々な解釈があるこの言葉を他業種とのコミュニケーションに使うのは避けた方が良いと思っています。

言葉の意味や我々のスタンスを説明するより、『ビジネスの言葉』を学習し、翻訳を通して自分たちが本当に欲しい情報を摘出するほうが圧倒的に早く楽なやり方です。デザイン指標もビジネスとデザインを繋げる翻訳手段のひとつです。

歩み寄りのコミュニケーション

翻訳スキルはすべてのデザイナーがもっているべきスキルのひとつ。クライアントやステークホルダーがもつ抽象的なイメージや言葉を成果物に落とし込む過程は翻訳と重なるところがあります。課題解決と表現されるデザインですが、課題が何か明確ではない状態では解決はありません。翻訳はその課題をハッキリされるために必要ですし、そのために相手の言葉や文脈への理解が欠かせません。

特にリーダーやマネージャーの役割を果たすデザイナーは翻訳スキルがないと仕事にならないと思います。デザインチームと組織を繋げるパイプラインとして、様々な分野で使われている言葉への理解を深めていきたいところ。仕事の 3 割くらいは翻訳作業に努めているといっても過言ではないくらい労力と工夫が必要になります。

翻訳は歩み寄りのコミュニケーションだと思います。自分たちの言葉で話すほうが楽ですし、言葉が分かっている方と話すと微妙なニュアンスも受け止めてくれるのも助かります。しかし、そうした場だけ経験していると視野が狭くなるだけでなく、他業種の方とのコミュニケーションの溝を埋めるのが困難になります。

完全に理解する必要はないですが、どういう用語を使っていて、どういう意味なのか大まか理解しているだけで、コミュニケーションの仕方が劇的に変わると思います。