ごめんなさい、すぐに結果は出せません

それっぽい概念図

手法や道具にある幻想

手法や道具はやっかいな存在だなと思うことがあります。それを導入すれば組織の文化が変わって物事がうまくいくのではないかという期待が寄せられることがあるからです。ここ数年のデザインの世界では UX に似たような期待をしてしまっているところがあります。この摑みどころがあるようでない UX を『導入する』ことで製品やサービスが改善されると考える方も少なくありません。

この記事の冒頭に掲載してあるイラストのような概念図を見たことがあると思います。インフォグラフィックと言い表しても良いような図でデザインプロセスが紹介されているのを見て、「なるほど、この通りにやれば良いのか」と感じる方もいるでしょう。そうした図を作って紹介しているデザイナーや組織は、実際そのとおりやっていると思います。しかしそれは単にプロセスを導入したというより、そうしたプロセスが動かせるような文化を作り出した結果だと考えています。

UX を導入するということ自体ありえないと 3 年前の講演で話したことがありますが、これは UX だけのことではありません。ツール関係で言えばプロトタイプもどことなく似たような課題を抱えています。

社長のビジョンであったり、社員が勤務時間以外でどういったコミュニケーションをとっているのかも含めて、組織の文化が手法や道具の使い方に大きく関わってきます。既に作られた文化の中に、いきなり新しいモノを投入してもうまく混ざり合わないわけです。これは、ヒトにも同じことが言えます。スキルがあっても、ヒトとして合わないなら採用しないようにしている組織は「自分たちの文化に合うかどうか」を考えているからでしょう。

組織の文化というのは 1 日で出来上がったものではありません。数年かけて徐々に育て上げられたものですから、すぐに変わるものでもないわけです。新たな手法を用いたとしても、なかなか社内に浸透しないのは、言ってしまえば「当たり前」のこと。社内に何かしら影響を及ぼしたいのであれば、文化が作られた年月と同じくらいかけなければ変わらないケースのほうが多いわけです。

数年かける覚悟はあるか

1 年で何か変えることができれば早いほうで、実際は数年かけてようやく何か違いが見えてきたかもしれないと感じる程度だと思います。先日、アメリカのある企業で働くデザイナーと話をしましたが、やはり数年という長めの期間で見ているようでした。その間、様々な人たちと話をしたり、手法を試したり、実践したことを計測するなどを続けて徐々に周りに味方を増やしていったそうです。似たような経験は私自身もしています。

手法や道具で何かが変わるという期待はしないほうが良いと思っています。しかし、だからといって「どうせ無理」と諦めていると何も変わらないわけです。すぐ何かが変わるわけではないですが、手法や道具がなければ何も変わらないわけです。何が自社の文化(そして自分自身)に合う方法なのか。そして、一緒に働く人たちが分かる表現は何かを考えながら、学習した手法や道具を試し続けることが変化への近道です。そう、まったく近道のように見えないわけですが、これしかないかなぁと思っています。

こうしたなか、ワークショップやセミナーの依頼をいただくときに、いつも頭を悩ましているのが、中長期を視野に入れた考え方や戦術をどのように伝えるか … つまり、学びがあったその次の日のことです。手法を体感してもらうことで、書籍や Web 上の記事を読むだけでは分からないニュアンスを学ぶことができます。日常とは違う環境で何かを体験することは参加者にとってプラスになりますが、そこでの体験を仕事現場で適応させるのは簡単なことではありません。

ワークショップやセミナーで学んだことを早速実践してみたけど上手くいかなかったという経験は誰でもあると思います(私にしてもそうです)。しかし、それは手法がたまたま組織に合わなかっただけで、変えようと考えたこと事態が間違っていたわけではありません。「何が合わなかったのか」「どの部分が理解されたのか」「他に伝える方法はあるか」と続けることが重要です。

また、「変化」とはとても大きなゴールですし、時に漠然としたものになっていることがあります。Web アクセシビリティでも似たようなことを指摘したことがありますが、自分、そして周りにも分かる『小さな勝利』を得ることが長期的な取り組みに不可欠です。それは数値にして計測できるものなのかもしれませんし、誰かに「なるほどね!」と言ってもらうことかもしれません。小さな勝利が「次はこうしたほうが良いかもしれない」というアクションへ繋がります。

Web、アプリ、IoT、そして VR/AR … 様々なことが目まぐるしいスピードで変化している世界。だからこそ、私たちの仕事環境もどんどん変えなければいけないという焦りが生まれることがあります。しかし、環境は道具を切り替えるように簡単には変わりませんし、人が関わるのですべてが機械的・論理的ではありません。概念図で描かれているような綺麗なプロセスにはいかないわけです。

合わないと思えば、仕事場を変えることもひとつですが、「ここで働きたい」と考えるのであれば、少し長い目で変化のプロセスを見る必要がありますし、変化の働きかけを止めないこと、続けることが何よりも重要だと思います。

すぐに結果は出せないことはあります。
けど何か小さなことを始めることはできます。

Yasuhisa Hasegawa

Yasuhisa Hasegawa

Web やアプリのデザインを専門しているデザイナー。現在は組織でより良いデザインができるようプロセスや仕組の改善に力を入れています。ブログやポッドキャストなどのコンテンツ配信や講師業もしています。