デジタルプロダクトにおけるデザイン品質の追求の難しさ
すべてに力が注げないからこそ、技術的な卓越性だけでなく、状況に応じた適切な判断を下す知恵が必要です。
見えにくいところの費用対効果
デジタルプロダクトのデザインにおいて「Craftmanship」、つまり職人技を追求することは、ユーザー体験の向上やブランド価値の構築に欠かせない要素です。その重要性が広く認識されている一方で、現実には様々な制約から職人的なデザイン品質の追求が難しいのも事実。費用対効果や締め切りといった制約があるなかで、デザイン品質の追求は容易ではありません。
この記事を書くとき、「Craftmanship」をどう表現するか迷いました。
「職人技」という言葉を選んではみたものの、様々な意味が含まれていることから誤解が生まれやすい表現です。デジタルプロダクトデザインの文脈では、グリッドやタイポグラフィ、カラー、コンポジションなどを駆使した美しいビジュアルを作り上げることはもちろん、ユーザーの行動パターンや心理を理解したインタラクションを設計することも含まれます。コアとなるデザインスキルや知識を用いて適切なツールを使いこなし、ドメイン知識に基づく意思決定ができることが、職人技を磨くことと捉えています。
細部へのこだわりは、職人魂を持つデザイナーの自己満足のようにも映るかもしれません(ないとは言い切れませんが)。しかし、ユーザーの満足度や快適な操作性は、目立たない部分に手間をかけた結果として生まれることがあります。それこそがデザイナーの腕の見せ所であり、職人技と呼ぶべきものでしょう。そうした見えない部分がプロダクトの差別化につながることもありますが、その価値を関係者に伝えるのは簡単ではありません。アクセシビリティ、安定性、パフォーマンス、セキュリティなど、他の優先事項とのバランスを保ちながら、どのようにして細部へのこだわりへの投資を正当化できるのでしょうか。
スキルを活かす主戦場は?
時として、データに基づく知見をあえて考慮せず、デザイナーの意思に基づいた提案をすべき場面があります。数値化できる指標や事業戦略に紐付けたデザインの説明は、ステークホルダーとの共通言語として役立つ反面、それらと直接リンクしないデザインの細部への拘りや長期的な効果を示すのが難しくなります。それでも、短期的な ROI が見えにくいデザインを追求するという行動を意識的に取らなければ、デザイナーが大切にする作り込みをする機会も訪れず、そのアウトプットがもたらす影響も周囲には理解されないでしょう。丁寧に作り込まれたデザインの価値を『説明』するのではなく、実際のアウトプットを通じてユーザーの感情的な反応やブランドの印象、全体的な品質の認識などを問い続けることで、徐々に職人技の価値を示していくことができるはずです。
しかし、全ての画面において隅々まで細かく手を入れるのは現実的ではありません。変化のスピードについていきつつ、丁寧な作り込みの時間を確保するのは簡単ではありませんし、いくら時間があっても足りません。肝心なのは、全てを完璧にすることではなく、デザイナーのスキルが真に求められる箇所を見抜き、戦略的にデザインの質を高めていくことです。例えば下記のような視点で攻め所を見極めることができます。画面全体ではなく、ボタンなど一箇所にフォーカスするアプローチも考えられます。
- コアとなるタッチポイント
- 利用頻度が高い主要なインタラクション
- ブランドを定義づける瞬間
- オンボーディングなど初期利用フェイズ
デザインシステムは、単なる効率化のためのツールではなく、上述をはじめとした重要なポイントに集中するための手段だと考えています。デザインシステムで定められたUIコンポーネントしか使えないのか、どのタイミングでカスタムコンポーネントを作成しても良いのかといった疑問を抱く人もいるでしょう。判断基準の一つとして、プロダクトやブランドの印象を高めるために重要な部分かどうかがあります。この基準に当てはまらない箇所では積極的に用意されているUIコンポーネントを活用し、肝心な部分にはデザイナーのスキルを駆使して品質を追求するといった使い分けが必要不可欠です。常に潜在的なベネフィットとコスト、そしてトレードオフを天秤にかける厳しい選択が必要です。
デジタルプロダクトでは効率化や標準化が重視されますが、職人技を駆使し、高品質なデザインを追求するのは容易ではありません。効率的とは言えない場合でも、手間をかけて磨き上げた価値は確かに存在します。デザインの意図を明文化し、ビジネス理解を深めることは、意思疎通に不可欠なデザイナーの基本スキルです。しかし、高品質を保ちつつ柔軟にバランスを取り、その価値を関係者に伝え続ける力も求められます。「Craftmanship 職人技」とは、技術的な卓越性だけでなく、状況に応じた適切な判断を下す知恵かもしれません。